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悪役令嬢が四つ子だなんて聞いてません!  作者: 青杜六九
学院編 8 期末試験を乗り越えろ
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265 悪役令嬢と名前不詳の令嬢

おどおどしているくせに、強引な二年女子はぐいぐいとエミリーの腕を引っ張ってどこかへ連れていく。

「……どこに行くの?」

「こっちよ」

女子生徒は渡り廊下にある出入口から、エミリーを外に連れ出した。

――げ。校舎裏じゃん。

日当たりが悪い校舎裏は、冬ともなれば殆ど日が射さない。昼間でも寒いのだ。面倒くさがりで暑がり・寒がりであるエミリーにとって、まさに鬼門である。

「寒いんだけど……」

「私は寒くないわ」

――あんたの感想は聞いてないっての!

「このあたりでいいかしら」

「……」

とにかく早くここから帰りたい。エミリーはコートが恋しくて仕方がなかった。

「用件は一つよ。……キースから離れて!」

「……ん?」

「ん?じゃないわよ!あなた、キースを弄んで……」

いじると多少は面白いが、弄んだつもりはない。パシリには散々使ったな。

「……弄んでない」

一言告げただけで、火が点いたように女子生徒は怒りだした。

「キースが告白したって聞いたのよ。あのキースが、勇気を振り絞ってっ!あなたはそれをっ……!」

――昨日のアレ、告白だったのか?

それにしては微妙だったな、とエミリーはぼんやり思い返す。


「……で、あんたは何?」

「私?キースの従姉よ。母方の」

「そう。……キースが好きなんだ?」

図星を指されて、二年女子は激しく狼狽えた。

「ち、そ、そんなに、の違う」

「はっきり言えば?『私の男に近づくな』って」

エミリーは回りくどいのは嫌いだ。もっと言えば、自分が彼に好かれる努力をしないで、友人(今のところ)のエミリーを逆恨みしているような奴は大嫌いだった。


「……あんたなんかの何がいいのかしら?魔力?そうよね、魔力しか取柄がないもの!」

恐らく魔力ではエミリーに劣る彼女は、容姿も十人並みだ。贔屓目に見なくても悪役令嬢エミリーの方が容姿も魔法の実力も勝っている。

――魔力しか、取柄がない?

苛立ちが魔力を増幅させ、指先がチリチリと痺れるような気配がする。

「魔法でやるつもり?普通科の生徒相手に?」

「……やらない。卑怯な手は使わないの。用事はそれだけ?…帰るわ」

一流の魔導士たるもの、戦闘時でもない限り、魔力のない相手に魔法をつかうものではないと、魔法実技の授業でメーガン先生が口を酸っぱくして言っていた。力がある強き者は、弱き者を守るのだと父侯爵から教えられている。

頭に来たが、無視して踵を返して校舎に戻ろうとした時、ローブのフードが後ろから引っ張られた。

ぐっ……。

一瞬首が締まり、目の前が霞んだ。

「く、けほっ、げほ、……げほっ」

喉を押さえてエミリーはその場に蹲り、ふらつきながら湿った落ち葉の上に手をついた。


「あら、ごめんなさい。話の途中で帰ろうとするから。……少しは思い知ったかしら?」

マシューのくれた腕輪はアイリーンからの物理攻撃を防いでくれるが、名も知らない生徒から、攻撃かどうか曖昧な方法で危害を加えられたら反応しなかった。

――不良品じゃない、これ!マシューの役立たず!

後で直接文句を言ってやろうと心に決め、エミリーは膝に手を当てて立ち上がろうとした。


激しく落ち葉を巻き上げ、細い木の枝を踏みながら走ってくる音がする。

「エミリーさん!」

「キース!?」

呼びかけたのはエミリーではなかった。目の前で仁王立ちになっている、キースの従姉と名乗る女子生徒だ。エミリーをいじめているように見える構図に戸惑っている。

「大丈夫ですか?立てますか?」

「……」

何も言わず、エミリーは少し頷いた。寒さで震えているのを恐怖で震えていると勘違いしたキースは、従姉と名乗る女子生徒をキッと睨んだ。

「何てことを……!」

「わ、私はキースが……」

「勝手なことを。……僕の片想いなのに、酷い。あなたを見損ないました、ライラ!」

「……?」

「あれ、違いましたか?……見損ないました、リリアン!」

「リリアンじゃないわよぅ!」

「……リ……リンダ?」

「もういいっ!わあああああん!」

二年のリンダ(仮)は涙と鼻水を同時に流しながら、校舎裏から走り去って消えた。


「……本当に、申し訳ありませんでした。エミリーさん」

「寒い」

「あっ、気づかなくてすみません!」

キースは自分の制服の上着を脱ごうとする。

「い、やめて。キースが風邪引く」

「教室に戻りましょう?」

何かぼそぼそと呟くと、エミリーの頭上に光の球が現れる。

「光魔法で少しは温かいかと」

「……眩しい」

「あああっ、ご、ごめんなさい。エミリーさんは明るいのが嫌いでしたよね」


仲良く話しながら教室に戻る二人の影を、遠くから見つめる人物がいた。

「……遅かったか」

黒いローブを翻し、マシューは赤く光った左目を軽く手で覆った。

何故か魔力が溢れてくる。

――エミリーは俺のものだ。誰にも渡さない。

自分の中にもう一人、誰かが棲みついて切ない咆哮を上げているような気がして、マシューは自分の胸を押さえた。


北風に乗って流れてきたミントの香りにエミリーが振り向く。

「……」

「エミリーさん?」

「何でもない。……行こう」

――マシューが来てくれた?まさかね。

「先生にノートを届けて戻ったら、エミリーさんが二年生に連れて行かれたって聞いて、僕は生きた心地がしませんでした」

「……大袈裟」

「大袈裟なんかじゃありません。……だから、あなたの側を離れないことにします」

「ウザい。一人にしてくれる?」

「遠慮は要りませんよ?」

「遠慮なんかしてない」

再びミントの香りがしたような気がして、エミリーは風上を見つめた。


   ◆◆◆


普通科二年一組の前で、セドリックはやる気満々のアレックスに押されていた。

「行きましょうよ、殿下!今度の休みの日に」

「行かないよ」

「そんなこと言わないで、行きましょうよ!」

「次の祝日が何の日だか知っているの?アレックス。僕の誕生日なんだよ。一日六回、王宮のバルコニーから手を振る仕事があるんだ。君と街に出るなんて……」

「俺と二人じゃないです。殿下とマリナ、ジュリアと俺、……俺達帯剣できないから、エミリーとキースも連れて行こうって」

「皆で出かけるの?……僕は空き時間をマリナと二人きり、王宮の部屋の中でゆっくり過ごしたいな」

常に侍従達に囲まれているセドリックが、部屋にマリナと二人きりになれるのだろうか?とアレックスは疑問に思う。

「マリナが行きたいって言ったら、どうします?」

「……少しの時間なら……出られるかもしれないけど」

「おっし、決まった。俺、マリナとエミリーに話してきます。絶対行きましょうね、約束ですよ……おっと」

チャイムの音がする。次の時間は……アスタシフォン語だ。遅れたら大目玉だ。

セドリックの返事を聞かず、アレックスは剣技科の教室へと走って行った。


2018.2.11 誤字修正

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