262 王太子は豪華客船を見る
【セドリック視点】
リオネル一行を見送る場所が、王都の門から港に変更になった。
魔法科のコーノック先生が、アスタシフォンに帰る彼らと見送りの僕達全員――王立学院の一部屋に集まった人々をまとめて港まで転移させた。とてつもない魔力の持ち主だと、皆が感心していたが、先生は淡々と、自分の仕事をしただけだと言った。
正直に言うと、港へ行くことになって助かった。
王都の外門までなら、魔法ではなく馬車で行くことになる。レイモンドと喧嘩をしたから、彼と二人きりで馬車に揺られるのは間がもたない。子供の頃から、レイモンドは怒ると口を開かない。僕が謝るまで絶対にだ。無言で睨みつけて来るから恐ろしい。
ビルクールの埠頭には、アスタシフォン王家所有の大型船が停泊していた。南側を海に面しているグランディアには、整備された港町が多くあるが、大型船を停められる港は東のビルクールと西のフルムの二つしかない。フルムは領主が商人の自治を認めていて、王家の賓客といっても船の停泊は順番待ちだと言われるらしい。ハーリオン侯爵が自ら所有する船を置くビルクールは、王家の無理が通る街だった。
◆◆◆
「セドリック様。お世話になりました!」
リオネルはすがすがしい顔で僕を見て笑う。何がそんなに楽しいのだろう?
見れば隣のルーファスもどこか嬉しそうな顔をしている。いつも仏頂面しか見たことがなかったが、こいつはこんな風に笑う男だったのか。
「十分なもてなしもせず、悪かったね」
もてなすつもりはさらさらなかった。リオネルはハーリオン侯爵令嬢を妃にしようと、我が国に入ったのではなかったか。
「とっても楽しい思い出ができました。マリナ達とも仲良くなれたし」
仲良く?
リオネルの言葉に引っ掛かりを覚える。
「どういう意味かな?」
「やだなー。友達になったって言ったじゃないですか。そうやってすぐ、やきもちを妬くと心の狭い男だと思われますよ?」
「……君は、妃を探すのをやめたんだよね?」
「今回は、やめておきました。でも、セドリック様がマリナに酷いことをするようなら、いつでも攫って行くつもりです」
――何だって?
飄々と言ってのけるリオネルを睨みつけると、その隣のルーファスがさらに厳しい視線を向けてくる。……王子の番犬か。肩を抱いて腰に手を回し、やたらとリオネルに触れている。リオネルも満更でもなさそうに頬を染めている。……どういうことだ?
「公式の場ではお控えください、リオネル殿下」
不思議に思っていた僕の横から声がした。レイモンドはいつにもまして冷たい口調だ。
「……ごめんなさい。ルー、離れてくれる?」
「船に乗るまでな」
「……うん」
船に乗ったらルーファスは自由にするのだろう。耳元で何か囁かれて、リオネルは真っ赤になってしまった。
「とにかく、僕は、マリナ達を不幸にするのは許しません。相手がセドリック様でも容赦はしませんからね!」
「約束するよ。僕は必ず、マリナを世界一幸せな王太子妃にしてみせる」
はっきりと言葉にして分かった。
リオネルから聞かされた予言なんか、僕の心が強ければ跳ね返せると。
◆◆◆
船が出港し、僕は予定の時間まで侍従達を連れて自由に港町を散策することにした。レイモンドは一人でどこかへ行ってしまい、『あまり遠くにいってはなりません』という侍従長の言葉に従って、埠頭に並ぶ船を眺めていた。
「それにしても……ハーリオン侯爵……ビルクール海運の船は立派だね」
「そうですね。中型の船もあちらにございますが、やはり大型船が目を引きますね」
「見てごらん。あの船、とっても派手だね。金色の装飾が豪華で、赤い船体がとても目立つ。ええと……名前は……『ジュリア号』?」
「侯爵はお嬢様方のお名前を船に冠していると聞いております。四人のお嬢様の意見を、船の外装と内装に反映させたとか」
「へえ……それは面白いね」
派手好きなジュリアが手掛けた赤い船の隣には、白い船が停まっていた。ところどころに薄緑色の装飾が見える。きっとアリッサの船だろう。
「マリナの船はどこかな。……ああ、きっとあれだ!」
「殿下!お待ちください!」
呼びかける侍従の声を聞きながら、僕は一際地味な船へと駆け出していた。
◆◆◆
侯爵に許可を取らず、僕は王家の権力を使って、船長に船の中を案内させた。
一見地味な貨物船ではあるが、近づいて見れば船首の金の飾りや青い帆に施された精緻な模様など、細かいところに彼女の好みが見て取れる。客人を乗せることもできる船は、船室には趣味がいい調度品が並んでいた。マリナは使い勝手がいいものが好きだ。ソファも上質で座り心地がいい。
「流石はマリナだね」
「船上パーティーをする時はアリッサ号、賓客をお乗せするのはマリナⅡ号と決まっております」
船長が自慢げに説明する。ハーリオン家所有の船のうちで、自分の船が一番だと言いたいのだろう。
「ジュリア号とエミリー号は?」
「四隻の中ではジュリア号が最も速度を上げられます。エミリー号は速度こそ他に劣りますが、エミリーお嬢様が結界魔法を張ってくださいまして、どんな衝撃にも耐える頑強な船なのです」
「大事なものを運ぶのに良さそうだね」
「はい。重要な交易品を扱っております。……おっと、申し訳ございません。殿下にお茶の一つも……」
「お構いなく。前触れもなく押し掛けた僕が悪いんだ」
手を伸ばして止めようとしたが、船長は大慌てで船室を出て行ってしまった。
◆◆◆
結構な時間が経っても船長が戻らないことに痺れを切らした侍従長が、
「私、様子を見て参ります」
と船室を出ていってから、さらに数分が経った。
――何か揉めているのかな?
視察先で僕にお茶を出す係、花を渡す係、案内する係を取り合って揉めることがあると聞いた。事前の調整時間もなかったから、きっとそうなのだろう。
何気なくドアへ向かうと、向こう側に人の気配がした。
「この……を必ず、……に直接、届け……さい」
内容はよく聞き取れなかったが、この声には聞き覚えがある。
――ハロルド!?
ドアに耳を当てると、今度はよく聞き取れた。
「赤ピオリの毒に、王太子が気づく前に……」
ドクン。
胸が大きく音を立てた。息ができず、その場に崩れ落ちる。
――毒?毒だって?
王太子って、もしかして僕のことなのか?
ハロルドとはマリナを巡って対立してきたが、彼が僕に毒を?
ドアを開けて問い詰めるのも恐ろしく、僕はよろよろと歩いてソファに身体を預けた。




