261 悪役令嬢と重い贈り物
「あれ見て、マリナ」
食堂で昼食を取ろうと席に着いたジュリアは、隣の席のマリナに耳打ちすると、窓の近くを指さした。
「アイリーンじゃない?一人で食べてる」
「今日は皆さんと一緒じゃないのね。セドリック様はリオネル様のお見送りに……」
「マリナちゃんは行かないんでしょ?」
膝にナプキンを置いて、向かいの席のアリッサが準備をする。
「長距離の転移魔法は身体に負担がかかるのよ?体調が万全ではないからって辞退させていただいたの。途中で吐いたらご迷惑だわ」
また吐くのかよ、と妹達は内心つっこむ。
「……だから、マシューが出かけたのか。王都の外門までなら馬車でも行けるのに、魔法で港まで飛ぶって言ってた」
エミリーが目を細めた。
「エミリーちゃん、先生のところに行ったの?」
「昨日、転移魔法を使ったから、腕輪が見えるようになって……」
妹が何故かほんのり顔を赤らめたのを、アリッサは見逃さなかった。
「……何?」
「ううん。何でもない」
「アリッサ、明日の約束は覚えているわよね?」
「うん。夕食後に薔薇園で……ふふっ、とってもロマンチック」
「誰のセレクト?」
眉間に皺を寄せたエミリーが訊ねると、ジュリアがバシッと肩を叩いた。
「痛……」
「レイモンドに決まってんじゃん。待ち合わせの場所も時間も勝手に決める俺様でしょ」
「俺様って言わないでよ!レイ様はちゃあんと、私の好みを考えて……」
「はいはい。よかったね」
「エミリーちゃん、どうでもよさそうね」
「だってどうでもいいもの」
「今晩は冷えそうね。明日の朝は雪になるかもしれないわ」
マリナは窓の外を見つめて溜息をつく。
「……寒いの、嫌だ」
「エミリーも少しは身体を動かしな?筋肉がつけば寒くないよ?」
「絶対、嫌」
「ふふ。じゃあ、私がショールを編んであげるね。何色がいい?紫?」
「黒」
「銀雪祭に間に合うかどうか分からないけど……楽しみにしててね」
「そういやアリッサ、毎晩何編んでんの?」
ハーリオン家でも、アリッサの編み物は毎年の恒例行事だった。ここ数年は弟のクリスに手作りの帽子やマフラーを編んでいた。
「今年もクリスにあげるの?それにしては大きかったと思ったけれど」
「クリスの分はお母様にお任せするわ。……実は、レイ様にセーターを編んでいるの。銀雪祭の贈り物にしようと思って」
「えっ……」
ジュリアが絶句した。まさかそんな大物を作っているとは思わなかったのだ。
「手作りセーター?」
「うん」
「……重っ」
「重いわね……」
「私は作れないからとやかく言えないけど……やっぱ、重いね」
「皆……よってたかって……ぐすっ」
泣きそうになったアリッサをマリナとジュリアが宥めている間に食事が運ばれ、食べ始めるとアリッサの機嫌が直ったのだった。
◆◆◆
食事を終えて教室に戻ったマリナとアリッサを待っていたのは、怒り狂ったフローラだった。二人の姿を射程圏内に収めるや、猛烈な勢いで話しかけてきた。
「お二人とも!お気は確かですの!?」
「落ち着いて、フローラちゃん」
「気は確かって、何のことかしら?」
はあはあと息を整え、ゴクンと唾を飲み、フローラは徐に口を開いた。
「マリナ様、王太子殿下に捨てられたというのは嘘ですわよね?」
「……多分」
「多分じゃありませんわ!子供まで作っておきながら捨てるなど、綺麗な顔をして極悪非道ですわ。あの王太子、いつかぎゃふんと言わせてやります!」
バン!フローラは机を叩いた。
「い、いいから、ぎゃふんなんていらないからね?」
「いいえ、マリナ様。ああいう女の敵はのさばらせておけません。第二・第三のマリナ様がヤリ捨……いえ、そういうこともあろうかと」
「私が体調を崩していただけなのよ。セドリック様とは深い関係ではなくてね、子供なんてあり得ないし、アイリーンのことだって彼女が勝手に絡んでいるだけよ?だから、フローラさんも噂に惑わされないで?」
「……分かりましたわ。今のお話、少し納得がいきませんけれど、納得しますわ。アリッサ様もレイモンド様とはどうなっていますの?」
「どう……かなあ?」
アリッサは視線で姉に助けを求めた。
「アレックスやキースと一緒に勉強会に誘って、アイリーンの出方を見ている、とでも言ったらいいのかしら」
「レイモンド様がアイリーンを誘ったのですか?」
「そのようね。アイリーンの目を眩ますために、アリッサとは距離を置いているけれど……」
「でもね、明日お会いできることになってるの」
心から嬉しそうに、アリッサは満面の笑みを浮かべた。
「今日はお忙しそうですものね。アスタシフォンの皆様を港までお送りすると聞きましたわ」
「うん。だから、明日……アイリーンに見つからないように、夜にって」
「夜?寮から出るおつもりですの?夜道は危険ですわ。それでなくともアリッサ様は迷ってしまわれますでしょう?」
「食事の後に、エミリーに転移魔法で連れていってもらえばいいわ。帰りは彼に送ってもらえるでしょう?」
「それがよろしいですわ。……本当に、よかったですわ。アリッサ様がレイモンド様に見限られたのでなくて」
うっとりと目を細めたフローラは、鳴り響いた予鈴に弾かれたように、隣のクラスへと姿を消した。




