31 悪役令嬢は侍女をナンパする
お兄様が大変なのに、物語は次女ジュリアの日常になります。
「アレックス坊ちゃま。旦那様がお呼びでございます」
柔らかなハニーブロンドの髪を頬の辺りまで下ろし、サファイアの瞳をきらきらさせた十五、六歳の侍女が、アレックスを呼びに来た。
ヴィルソード侯爵邸に三日と空けずに来ているジュリアだったが、この子は初めて見るなあと凝視してしまう。騎士団長の邸には、むさくるしい騎士どもが出入りしているから、こういう美少女風の侍女がいたら言い寄られて大変だろうな。
侯爵家の御曹司でまさに美少年といったいでたちのジュリアに穴が開きそうなほど見られて、新しい侍女は戸惑っているようだ。
「あ、あの……?」
「こら、見つめすぎだろ」
アレックスがジュリアの後ろから目隠しをして冷やかす。
「一昨日から見習いで入ったんだ。ばあやの孫で」
「エレノアと申します。精一杯務めさせていただきます」
美少女侍女が礼をした。
「エレノアは、いくつなの?」
「十五歳です」
「ふうーん。彼氏いる?」
「おい!ジュリアン!」
社交辞令で聞いただけなのに、何慌ててんだアレックスの奴。ジュリアは無視して続ける。
「ここんち、騎士がよく来るでしょ。女っ気ない生活してる人たちだから、君みたいな子がいたら舞い上がっちゃうよね」
「いえ、あの……」
エレノアは口ごもる。騎士達の態度に少しは覚えがあるようだ。
「だって、エレノア可愛いし、性格よさそうだし、働き者なんでしょ?」
「そんな、まだ見習いで……」
美少年に可愛いと言われたエレノアは、真っ赤になって俯いた。ジュリアは笑顔でエレノアを誉めそやす。
「いい加減にしろ、ジュリアン!」
「何だアレックス」
「うちの侍女に色目を使うな」
色目?何を言っているんだこいつは。さては、自分だけの侍女にしておきたいって腹か。
「嫉妬するなよ、見苦しい」
「何だと?」
金色の瞳に怒りの炎が灯る。
「俺とエレノアが仲良くするのが気に食わないんだろ。心の狭い男は嫌われるぞ」
アレックスがジュリアに掴みかかるより早く、執事が呼びに来た。父の騎士団長がしびれを切らしているようだ。
「ほら、行って来いよ」
ジュリアはしっしっと追い払う身振りをする。執事に促され、未練たっぷりにその場を離れるアレックスを見送り、ジュリアはエレノアに向き合った。
「エレノア」
「ご用でしょうか、ジュリアン様」
「あ、それ。私、ジュリアンじゃなくてジュリアだから」
「は?……あ、申し訳ございません。ジュリア様、ですか?」
「そう。こんな格好してるけど、女なの。アレックスは誤解したままなんだけどさ」
「はあ……あの、それをなぜわたくしに?」
「だってさ、ここんちの皆、アレックス以外には教えてるもん」
そうなんですかーとエレノアは驚く。使用人総出で坊ちゃまを騙しているのだから。
「前にね、アレックスが水浴びしようって言ってきてさ」
「裸でですか?」
「うん。脱ぐのはさすがにまずいじゃん。でさ、それまで皆に女だって言ってなくて、水魔法が得意な人が水風呂まで用意してくれちゃって」
「逃げられませんね」
「でしょ?その時は執事さんが呼びに来てセーフ。次誘われたら断れないし、皆に助けてもらおうと思って」
エレノアは分かったようだった。ふと、
「ジュリア様はアレックス様に男と思われたままでよろしいのですか」
と聞いてきた。
「友情を深めるにはいいと思う。……でもね」
溜息をついたジュリアは、悲しげに微笑んだ。
「騙したままじゃ、いつかは友情が壊れるよね」
◆◆◆
呼び出しから戻ったアレックスと剣で打ち合った後、ジュリアはエレノアが淹れてくれた紅茶を飲んでいた。
「エレノアはお茶を淹れるのも上手だね」
「ありがとうございます……と、お褒めいただくほどのものではございません」
見習いとして入ったのは最近でも、家でそれなりに基礎を教え込まれていたのか、エレノアは慣れた手つきで茶器をさばく。
「こういうのって慣れないと失敗するじゃん。……あちっ!」
真似してポットを手に取ったジュリアは、手を滑らせて落とした。白いブラウスに染みが広がる。
「お怪我はありませんか。ただいま冷やすものを持ってまいります」
「大丈夫、たいしたことなかったから」
「お洋服が汚れてしまいましたわ」
ブラウスを拭いながら、エレノアはジュリアに顔を近づけて、
「胸に巻かれた布が透けています。替えの服をお持ちします」
と囁いた。ジュリアが無言で頷くと、エレノアはにっこり笑って、お任せくださいと言った。
「着替えてくる。案内を頼む、エレノア」
「はい。こちらでございます」
濡れた胸元をアレックスに見られないように椅子から立ち上がる。
歩きながらエレノアはジュリアの背を押した。
「申し訳ございません、ジュリア様」
「今のは私が悪かったんだ」
「いいえ。わたくしの不手際でございます。それと……もう一つ謝らなければ」
「謝罪はいらないよ」
「お貸しできるシャツは、アレックス坊ちゃまのものしかございません」
「私には大きいと思う」
「縫い詰める時間がございませんので、今日のところはひとまずそのままお召しになっていただくことになりますが」
ジュリアは渋々頷いた。
「分かった。任せる」
◆◆◆
「ほら、こんなにぶかぶかじゃないか」
「ご自宅に戻られるまでの辛抱ですわ」
「アレックスが見たら笑うぞ」
出会った頃はジュリアの方が大きかったので、よくアレックスをチビと呼んでいたが、今では完全に逆転している。
中庭に戻ると、冷めた紅茶をすすっているアレックスがいた。
「悪い。アレックス。お前の服を借りた。後で新しいの返すから」
「……ん、うう、うん。そうだな」
ジュリアの服装を笑うでもなく挙動不審なアレックスを見て、ジュリアは首を傾げた。




