252 悪役令嬢は約束を取りつける
本日2話目です。ご注意を。
馬車が王宮に到着し、マリナは暗澹たる気持ちで馬車を降りた。
「……顔色、悪いね」
「申し訳ございません」
にっこりと笑ったつもりが、かえってセドリックを心配させたようだ。
「どんなことがあっても君を守るから」
「セドリック様……」
見つめ合う二人の後ろで、舌打ちが聞こえた。
「レイ。公爵令息が舌打ちなんてしていいのかな?」
「さっさと歩け。俺はアリッサと触れ合えないで、気が立っているんだ」
――そうだわ!アリッサの腕輪の話を……。
「アリッサが時間を見つけてお会いしたいと申しておりましたわ」
「俺と?」
「お渡ししたいものがあるのです」
「明日はアスタシフォン一行を王都の外門まで見送らなければならない。明後日、試験の前日になってしまうが、それでも構わないか?」
「アリッサはレイモンド様の予定に合わせると思いますわ」
「帰りはアイリーンを皆で送っていくことになるだろう。夕食の後に薔薇園で待ち合わせようと伝えてくれ」
「必ず伝えますね。アリッサったら、朝も帰りも『レイ様』にお会いできなくて、どことなく落ち込んでいましたもの。きっと喜びますわ」
「……そうか。俺も楽しみだ」
クールなレイモンドの表情が和らぐ。マリナはアリッサの喜ぶ顔を思い浮かべ、心がほんわりと温かくなった。
◆◆◆
「どうする?兄様いなくなったし、帰る?」
「寮の部屋で勉強しても同じよね」
アリッサが勉強道具を片づけ始める。教科書を鞄に入れ、コート掛けに吊るしてあった学校指定のダッフルコートを手に取る。学校指定のコートは生徒達に無償で提供されたものだ。平民や末端貴族の子が気後れせずにすむようにとの配慮らしい。コートの素材と色は皆同じで、デザインを三種類から選ぶことができる。長め丈のチェスターコート、中くらいの丈のダッフルコート、腰丈のピーコートがあり、ダッフルコートだけにフードがついている。色は一年生の学年色である赤だが、落ち着いた色合いになっており、派手な色を好まないアリッサにも着こなしやすかった。
「ここの方が、食べ物の誘惑は少ないね」
「……誘惑に負けるのはジュリアだけ」
エミリーがコート掛けからチェスターコートを取る。羽織るとコートの下から黒いローブが見える。最後にジュリアがピーコートを取り、ざっと袖を通して鞄を掴んだ。
「帰ろうか。私は歩いていくけど、アリッサはどうする?エミリーと魔法で帰ってもいいよ?」
「ジュリアちゃんと歩いて行こうかなあ。この頃少し、制服がきつくなった気がして」
「わーかーるー。食欲の秋ってやつ?」
「秋は終わった。雪が降ってる。……傘、ないから、魔法で帰ろう?」
雪で濡れたジュリアに抱きつかれた嫌な記憶がよみがえり、エミリーは二人の手をがっちりと掴まえて転移魔法を発動させた。
◆◆◆
集まった出席者は大広間に案内された。王立学院生徒代表の三名が着座すると、セドリックの向かい側にレイモンドの父で公爵のオードファン宰相が座った。隣には公爵夫人が座る。レイモンドは父母と向かい合っている。
「一緒に食事をするのは久しぶりだな」
「学院祭では慌ただしくてゆっくり話す時間もありませんでしたね」
どこかよそよそしい親子の会話を聞きながら、マリナは冷や汗を拭っていた。聞いた話では、レセルバン公爵は流感にかかり欠席、モディス公爵は祖母の体調が思わしくなく領地を離れられないとのことだった。
「マリナを僕の隣にした方がよかったよね?」
セドリックがレイモンドの肩越しにこちらを見る。
「指定席だから仕方がない。レセルバン家もモディス家も来ないが、ハーリオン家は出席すると聞いている。マリナの向かいは、君の父上ではないのか?」
「お父様が……」
仮にその隣がエンフィールド侯爵だったとしても、向かいに座った父と話していればいい。マリナは幾分気分が軽くなった。
「アレックスの父上は来ないのかな?」
セドリックがレイモンドに尋ねると、答えは向かい側から返ってきた。
「病弱なアンジェラ夫人が二人目の子を授かってからというもの、職務放棄に近いらしい。まったく、オリバーにも困ったものだ」
宰相は口髭を撫でながら眉根を寄せた。夫人が同意する。
「アンジェラ様もここ数年で随分と健康になられたのに、心配性よねえ……」
「君の父上は間もなく来るんじゃないか?何か聞いていないかい、マリナ」
「いえ……父からは何も」
カタン。
音がした方を見れば、マリナの向かいの席に誰かが案内されて座ったところだった。
――エンフィールド?それともお父様?
オードファン宰相夫妻に注意を向け、真向かいを意識的に見ないようにしていたマリナは、意を決して正面を向いた。
白い上着が目に入る。そのまま視線を上にずらすと、彼の笑顔に釘付けになった。
「お、お兄様!?」
「遅くなってしまい申し訳ありません。義父の代理で急遽出席することになりまして」
ハロルドはオードファン公爵夫妻やセドリック達に向かって一礼した。笑顔を浮かべたままマリナに向き直り、
「マリナ、あなたをお守りします。……私の命をかけても」
とマリナにだけ聞こえる音量で話し、熱い視線で訴えてくる。
「ありがとうございます、お兄様」
――いちいち重い……。でもお礼を言わないと。折角来てくださったんだもの。
「おや、珍しい方がお出ましのようだね」
美しく微笑みあう義兄妹の耳に、色気たっぷりの男の声が聞こえた。




