250 悪役令嬢は空元気で報告する
セドリック達がアイリーンと昼食を取るようになって、マリナ達は四姉妹一緒に昼食を取ることにした。食堂に入ると、生徒達が一斉に、一番いい席を陣取っている王太子一行とマリナ達を窺うような視線を向けてくる。
――いたたまれないわ。
同情なのか好奇心なのか、まるで婚約者を取られた令嬢扱いである。中には、王太子のお手付きになったにも関わらずマリナが捨てられたと思っている生徒もいる。
「……王太子にヤリ捨てられたって噂になってる」
「エミリーちゃん!言い方ってものがあるでしょ」
「いいのよ、アリッサ。私も全力で否定したいけど、恥ずかしくて無理だから」
「皆もよく考えれば分かりそうなものなのにね。殿下がマリナに手を出せるわけないじゃん」
「どういう意味よ」
「ん?マリナはガードが堅いって言ってんの。……あ、ほら、あそこ!」
空席を見つけたジュリアが走り、テーブルを叩いて三人を手招きした。
「ジュリアちゃん、ご機嫌だね」
「……確かに。空元気?」
席に着くと給仕が飲み物を持ってきた。
学校の食堂なので、ワインは置いていないが、それ以外はだいたい望むものが手に入る。
「なんかこう、シュワッとするやつない?」
給仕を困らせるオーダーをし、ジュリアは姉妹に向き直った。
「……白状しろ、ジュリア」
エミリーが低く呟いた。
「何よ」
「テンションがおかしいわ。午前中に何かあったの?一時間目の後に私が教室まで行った時には普通だったでしょう?」
「ははは……」
「……笑ってごまかすな」
「笑うしかないってこういうことなんだなーって思って」
給仕が持ってきた炭酸水を一気に飲み干し、げっぷを堪えてジュリアは二度頷いた。
「……ぷはー。これ美味いわ」
「早く話しなさいよ」
「はいはい。……簡単に言うとね、アレックスのイベントが起こっちゃった」
「……」
「……」
「……」
三人は黙り込んだ。ジュリアの発言を反芻し、マリナが重い口を開いた。
「……確認するわね。ヒロインを足止めしてくれたのよね?」
「うん」
「それとアレックスがどう関係あるのかしら?」
「マリナに言われて、二時間目が終わったらすぐ、魔法科に行ったんだ。アイリーンは教室から魔法科練習場に行くところだったから、呼び止めて」
「で?」
「だけどさ、何も話すこと、考えてなかったから」
「行き当たりばったりだな」
「ジュリアちゃんらしいわ」
「何を話そうかなってやってたら、アイリーンがキレてさ。そこに私を追いかけてアレックスが来たんだ。三時間目は練習場に移動だったからね」
「エミリーちゃんは見なかったの?」
「ギリギリまで勉強してて……転移魔法で移動したから」
エミリーの返事にアリッサが驚く。勉強を頑張っているという話は本当なのだ。
「んで、いい加減にしろって、アレックスがアイリーンに怒ったんだよ」
「それならヒロインのイベントにならないでしょう?」
「だよね。私も大丈夫だと思ったんだ。そうしたら、アイリーンが何て言ったと思う?」
ゴクリ。
マリナは一口、コクルルジュースを飲み干した。リンゴジュースの味だ。
「私……えと、『ジュリア様に目の敵にされて困っていました、助けてくれてありがとうございますアレックス様』って。思いっきり、イベントの台詞棒読みだった」
「ええ?」
「そっか……強制的にイベントにされちゃったのね」
「アレックスの台詞の後の、三択なんだよ。『何でもありません』みたいなのと『お騒がせして申し訳ありません』みたいなのと、『ありがとう』の三種類。『お騒がせ……』でも微妙に好感度が上がるけど、『ありがとう』だとかなり上がるんだ。ほら、アレックスは控えめなタイプより、積極的なタイプが好きだからね」
要するにジュリアのことだな、と三人は思った。積極的で素直、押しが強く、アレックスをいいように振り回しているジュリアは、素の状態でも彼の好感度を上昇させているのだ。
「……押しに弱い単純男」
「ゲーム通りの台詞を言ったからって、アレックス君の好感度が上がるとは限らないよね」
「上がらないとも限らないわ」
「うん。だから、笑うしかないっての!」
給仕が置いた皿にロックオンしたジュリアは、子羊肉のステーキに勢いよくフォークを突き刺した。
◆◆◆
「んで、マリナはうまくいったんでひょ?」
パンを頬張り、ジュリアはマリナを横目で見た。
「うん。あなたの多大な犠牲の上にね。……実は、途中でセドリック様が来ちゃって」
「何で?」
「誰かに聞いたんじゃないかしら?ヒーロー気取りだったわ」
「ヒロインがいたらイベントになるところだったねえ……危ない危ない」
アリッサがイチゴのような果物のデザートを口に運ぶ。
「セドリック様は、セディマリFCが私を……」
「……何それ」
少食のエミリーが小さくパンをちぎって口に運び、怪訝そうな顔をする。
「マリナちゃん、今朝の……」
「セドリック様と私を応援する会らしいわ。毎朝女子寮の前にいる皆さんよ」
「ああ、野次馬か」
「アイリーンにビシッと言ってやれって言われたのよ。少し強く詰め寄られて」
「そこに殿下が来たわけか。いじめられていると勘違いするよね」
「妃は私一人だって宣言したものだから、皆さん盛り上がってしまったの。……一応、セドリック様のイベントは回避できたし、ファンクラブの皆さんの誤解も解けたわ」
「残念なのはジュリアちゃんだけってこと?」
「ごめんなさいね、ジュリア。私が無理なお願いをしたばかりに」
「いいって。アレックスの好感度、どう見てもマイナスからのスタートじゃん?この程度のことでアレックスがアイリーンを見直すかっての。どーお考えても無理じゃね?だから気にしなくていいよ、マリナ」
手をひらひらと振り、ジュリアはエミリーが寄越したミルフィーユケーキを前に大口を開けた。
◆◆◆
中央棟でジュリアとエミリーと別れ、マリナとアリッサは教室に戻った。授業の準備をしながらアリッサが思い出したように問いかける。
「マリナちゃん、今日は晩餐会なんだよね?」
「ええ。……テスト期間で生徒会もないし、お兄様の勉強会が終わったら、アリッサはジュリアと一緒に帰ってね。エミリーの魔法で帰ってもいいし」
「うん。……あのね、レイ様に腕輪を渡したいなって」
「なかなか渡す機会がないものね。アイリーンがいる勉強会に顔を出すのもねえ……」
「見てる前では渡せないもん。マリナちゃんはレイ様と一緒に行くよね?車止めで待ってたら渡せないかなあ?」
「夜も遅い時間に?」
王宮へ行く馬車は、セドリック専用の王家の紋章入りのものだ。特別に学院内を走ることができる。車止めではなく寮の前まで入る可能性もある。
「ダメかなあ?」
「降りる場所がはっきりしないのよ。晩餐会がお開きになる時間も読めないわ」
「分かった。また今度にするね」
「時間が作れないか聞いておくわ」
アリッサが前を向く。数学のフィービー先生がハイヒールを鳴らして入ってきて、マリナは慌てて教科書を探した。




