248 悪役令嬢はファンクラブに悩む
リアルモーセの人垣を形作る生徒達は、二日続けて王太子一行とハーリオン四姉妹が一緒に登校しないことに騒然となった。先に校舎へ向かったマリナ達を王太子が来るまで引き留めようとする者もいた。
「殿下がお越しになるまでお待ちを」
「たった一日変な女が纏わりついたくらいで……」
変な女とは、すなわちアイリーンのことだ。一部の生徒が勝手に『王太子殿下とマリナ様の恋を応援する会(仮)』、略称『セディマリFC』を結成し、アイリーンを宿敵と位置付けている。
「殿下が望んで、アイリーンさんをお傍に置いているのですから、そっとしてさしあげてね」
マリナはすかさずファンクラブに釘を刺した。下手にアイリーンに手出しをしない方が得策だ。全て悪役令嬢の差し金だと思われてしまう。
「しかし……」
「私達はアイリーンさんとご一緒するつもりはございませんの。殿下は彼女と登校されるようですから、身を引いたまでのことよ」
令嬢スマイルでやんわりと説得する。
「そんなの、我慢がなりません!」
「私達はマリナ様を応援しています!たかが辺境の貧乏男爵令嬢ごときが、王太子妃候補のマリナ様の地位を脅かすなど、あってはならないことなのです!」
「いい加減にしろと、私達から言って聞かせますわ」
――ちょ、ちょっと待って!それは流石にまずい。
「その必要はありません。私は然るべき時に、自分の口で彼女に話します。皆様のお手を煩わせるまでもございません」
「では……マリナ様自ら、あの女に鉄槌を下されるのですね」
「て、鉄槌?……ですから、私は……」
「お任せください。我々が最高の舞台をご用意いたします!」
「マリナ様は大船に乗ったつもりでお待ちください」
サーッと人だかりが消え、顔面蒼白のマリナが残された。
「何囲まれてたの、マリナ」
ジュリアが後ろから肩を抱く。
「……終わった」
「は?」
「ファンクラブが、悪役令嬢イベントのお膳立てをしてくれるみたいよ。アイリーンを校舎裏にでも呼び出すんじゃないかしら」
「あちゃー。呼び出しただけでアウトじゃん」
「そうなのよ。私が行かなくても、私の差し金だってだけでイベント発生だわ」
「で、そこに殿下が助けに来るってか?……んー。本当に来るのかな?」
「どう思う?ジュリア。指定された場所に行って、ファンクラブが暴走しないように抑えるべきかしら」
「暴走はあり得るよね。皆アイリーンよりは上位貴族の子ばっかりだし、上級生もいたよ。ボコボコにするくらい平気かも」
「はあ……気が重いわ」
マリナはがっくりと肩を落とした。
「エミリーちゃん、起きて。自分で歩いて!」
「……眠い」
「昨日だって早く寝たでしょう?目を開けて」
アリッサは半目状態でふらふらと蛇行するエミリーを支えて、マリナとジュリアの後を追った。二人を見失ったら校舎にたどり着けない。今にも寝入りそうなエミリーは当てにならない。
「そんなに眠いの?夜中に魔法でも使った?」
「……使ってない」
「魔力不足が原因じゃないとすると……」
「……勉強」
信じられない単語を耳にして、アリッサは目を丸くした。よく見ればエミリーの目の下にうっすら隈ができている。
「嘘……私達が寝た後に勉強したの?」
「うん……」
「何時まで?」
「三時」
「根を詰めすぎると持たないよ?今晩はほどほどにしようね?」
「……キースより、いい成績取るの。負けられない」
夜の勉強のせいで、エミリーは授業中に寝てしまうのではないかとアリッサは思った。
◆◆◆
「おはようございますぅ!セドリック様、レイモンド様、アレックス君!」
女子寮の前で、アイリーンは満面の笑みを浮かべて四人を出迎えた。セドリック達はアイリーンを迎えに来たわけではなく、今日もハーリオン四姉妹に先に行かれた結果だったのだが、アイリーンはさも自分を迎えに来たのだという態度である。ちなみに、キースはあくまでオマケ扱いで、目もくれなければ挨拶もしない。
タタッと駆け寄り、セドリックの腕に絡みついた。
アイリーンは、自分達を見ていたセディマリFCが、ひそひそと話しているのに気づいていない。
「何なのかしら、あのブリッコ女」
「王太子殿下もはっきりなさらないから」
「何においてもマリナ様より秀でたところがない、凡庸な娘ですわね」
「やはりここは、我々の力を見せる時です!皆様、準備はよろしいわね?」
「魔法科の教室に行く時に分かれるはずです。そこで待ち構えましょう」
人垣は音もなくサーッと移動し、女子寮の前は静かになった。
◆◆◆
「マリナさん、お客さんよ。三年生の」
「三年生?」
一時間目が終わった後、普通科一年一組の教室にマリナを訪ねてきた生徒がいた。
三年生の知り合いなど、レイモンドとハロルド、スタンリー……数えるほどしかいない。一体誰だろう。ハロルドなら兄だと皆知っているはずだ。訝しく思いながらドアを出ると、そこには見覚えのない女生徒が立っていた。特にこれといった特徴もない、茶色い髪と目の、一見地味に見えるが隠れ美人といった感じの生徒だ。
「……私にご用でしょうか?」
「マリナ様、準備が整いましたわ」
「準備、とは……」
――嫌な予感がひしひしとするわ。
一歩引こうとした時、三年女子はマリナの手をがしっと握った。
「勿論、マリナ様自ら鉄槌を下す、最高の舞台ですわ」
「ですから、私、そういうのは……」
「思い上がりも甚だしいあの女に、今こそぎゃふんと言わせましょう!」
――ぎゃふんて。この令嬢、そこそこ美人なのに言うことが残念だわ。
「シェリンズには、二時間目の後、南棟の裏に来るようにと言ってあります。私達も応援に馳せ参じます。マリナ様をお一人にはいたしません!」
「あの、申し訳ないのですが、呼び出し……」
「それでは、次の休み時間に。お待ちしておりますわ」
言いたいことを言って、呼び止める間もなく三年女子は去って行った。
――悪役令嬢イベント、回避できないみたい……。
ふらふらと眩暈を覚えながら、マリナは教室の中へ戻った。




