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悪役令嬢が四つ子だなんて聞いてません!  作者: 青杜六九
学院編 8 期末試験を乗り越えろ
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240 悪役令嬢は地獄耳に泣きたくなる

マリナが階段の近くまで来た時、既にアリッサの姿がなかった。

教室に戻ったのかと思い、一年一組に来てもいなかった。そのまま教師が来て授業が始まり抜け出すこともままならず、マリナは気を揉んでいた。

アリッサはとうとう授業時間に戻って来なかった。

「校内で迷っているのかしら……」

迷子のアリッサを見つける手っ取り早い方法は、エミリーに転移魔法を使ってもらうことだ。アリッサのことを思って転移すれば、必ず彼女の傍へ転移できる。エミリーの転移魔法は、姉妹の行先へ転移する際は特に高精度で成功する。

三時間目と四時間目の間は、短い休み時間しかない。だが、急いで行けばエミリーに頼んで戻って来られそうだ。マリナはチャイムが鳴ると同時に廊下に出た。


魔法科のある西棟へ行くまでの間、廊下でマリナを見かけた生徒達が噂話をしていた。

――また、私達が婚約者を取られたって話かしら。うんざりだわ。

耳に入れないようにしても、母譲りの地獄耳がそれを許さない。

「王太子殿下って意外と手が早いのね」

「学院入学後は物理的に無理でしょ?寮も男女別ですもの」

「ってことは、殿下が入学なさる前に?きゃっ、信じられませんわね」

「『僕はマリナとだけ』とか『経験が少ない』とか仰ってたそうですわ」

「まあ、殿下も十六歳で経験豊富なのもどうかと」

「それにしても、あの潔癖そうなマリナ様が、入学前にお手付きとはねえ……人は見かけによらないものね」


ピタ。

マリナの足が止まった。

――は?今、何て言ったの?

他の令嬢達の話し声にも耳を欹てると、皆、『お手付き』だの『経験済み』だのと言っている。こちらを見ている生徒の視線が、途端にいやらしいものに思えてきた。

「身体を使って殿下に取り入ろうとしていると、シェリンズ嬢を批判したとか」

「自分が先に身体で籠絡したんだろう?滑稽だな」

――違う。全然違うのに!

マリナは泣きたくなった。

アリッサを探すようエミリーに頼みに行くという用事がなければ、あまりの事態に卒倒しそうだった。

全員に噂を否定して回るわけにもいかない。この場で『セドリック様とはキスまでです』と言えば信じてもらえるのだろうかと考えただけで、恥ずかしさで眩暈がしてくる。

マリナは耳を押さえながら、西棟にある魔法科一年の教室を目指した。


   ◆◆◆


「エミリー、いる?」

魔法科一年の教室で、ドアの傍にいる生徒に尋ねる。

「あ……、ああ、いますよ」

――何なの?今の間は。

魔法科の生徒達がマリナを見て何やら話をしている。またここでもあることないこと噂されているのだろう。

教室の奥では、机にうつ伏せで寝ているエミリーに、キースが盛んに呼びかけている。

「……何?」

眠そうな瞳のエミリーが頭をもたげて、じっとドアを見つめる。

「マリナか……」

「エミリー、頼みがあるの。アリッサを探して」

「また迷子?」

「二時間目の後、普通科二年の教室のあたりではぐれたの。転移魔法で見つけてほしいのよ」

「……いいけど。マリナも来て。見つけた後、アリッサを教室まで連れていってくれる?」

「分かったわ」

廊下に出たエミリーはマリナの手を取って無詠唱で転移魔法を発動させた。


   ◆◆◆


白い光が消え、視界がはっきりしてくると、マリナは目の前の光景に口を覆った。

「……邪魔したみたいね」

目を閉じて頬を紅潮させたアリッサの唇を貪っていたレイモンドと視線が絡み、エミリーは無表情で言った。

「無粋な奴だな」

「……授業サボってなにしてるの?ムッツリスケベが」

レイモンドの眉間に皺が寄り、エミリーとの間に冷たい風が吹き抜けた。

「エミリーちゃん、あの、ええと……」

もじもじと顔を隠すアリッサとは対照的に、レイモンドは怖いくらい平然としている。

「何だ。問題でもあるのか?」

「やっぱり、生理的に受け付けない……」

青筋を立てたエミリーの手に紫色の魔法球が浮かび上がった。

「コホン。アリッサ……授業を無断欠席するのはよくないわ。四時間目からきちんと出ましょう」

「うん……」

「行くよ。……手、貸して」

「おい!待て」

マリナとアリッサの手を握り、エミリーはレイモンドが止めるのを無視して転移魔法を発動させた。


   ◆◆◆


「次はダンス、魔法科と合同だから講堂に移動だよ。行こう、ジュリアちゃん」

「うん……」

レナードの誘いに乗り、ジュリアはアレックスをちらりと見る。

歴史の授業中にまたもや爆睡して、まだ机にうつ伏せで寝たままだ。

「アレックスを起こさないと……」

「あいつ、あれだけ学院長先生に怒られて、また寝たのか。一番前の席だろ」

「逆にすごいよね」

ジュリアはアレックスの机の前に立った。

赤い髪を撫で、肩を叩いて呼びかける。

「起きて、アレックス!教室移動だよ」

「ん……ジュリア……んん……」

――うわ、今の声!色気だだ漏れ!

頬がカアッと赤くなるのが分かった。

首を微かに動かし、吐息を漏らしたアレックスは、腕から頭を離してぼんやりとジュリアを見つめた。次第に焦点が合って明瞭な像が結ばれる。

「あ、ジュリア……?あああああ!」

ガタン!

接近したジュリアに驚いたアレックスは、跳ね起きて椅子ごと後ろに倒れ、机の天板に後頭部を打ち付けた。後ろにあった机がさらに後ろの机を押し、ガタガタと大きな音が響く。

「驚きすぎ!失礼だな」

「ゴメン。……いや、何でもないんだ」

「何でもなくない驚き方だけど?」

近寄ってきたレナードがにやりと笑う。

「夢でも見たのか?ジュリアちゃんの」

「ば……!んなんじゃねーよ!」

「授業中にいかがわしい夢見てたんだろ」

「違う!キスしたところで起こさ……あ」

周囲の空気が凍った。ジュリアの目が、侯爵夫人譲りの冷たい色に輝く。

「……へえ」

「ジュリア、じょ、冗談だからな、気にするなよ!」

「へえ……」

完全にブリザードが吹き荒れている。

「その辺にしときなよ、ジュリアちゃん。アレックスは欲求不満なだけだろう。大目にみてやりな」

「欲求不満?」

目が合ったアレックスは、金の瞳を逸らして肩身が狭そうに俯いた。



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