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悪役令嬢が四つ子だなんて聞いてません!  作者: 青杜六九
学院編 8 期末試験を乗り越えろ
401/616

239-2 公爵令息は公開告白をされる

【レイモンド視点】


二時間目の後、特にすることもなく教室で教科書に目を通していると、クラスメイトが慌てた様子で俺の机を叩いた。

「レイモンド、大変だ!」

「何だ」

「お前の婚約者が、廊下でピンクの髪の奴と喧嘩してる」

――何だって?

無言で立ち上がり廊下に出ると、廊下の中央に人だかりができていた。白い光が消え、ざわざわと雑踏が耳に残る。

「……退いてくれ」

平静を装い、人ごみをかき分けていく。

人の輪を抜けた先には、スカートの埃を払って立ち上がろうとするアリッサの姿があった。少しだけ見えた膝が赤くなっている。裾を直す手の甲に、赤い引っ掻き傷が走っている。

――何があった?


「アリッサ」

感情を出さずに声をかけたが、俺の焦る気持ちが表れてしまったのかもしれない。

アリッサは小さく身を震わせた。

「レイ様……」

顔を上げた彼女は、涙でボロボロだった。ハンカチで拭いたのだろうが、真っ赤になった目元は隠しきれない。俺は胸が締めつけられた。

泣き顔を隠そうとする彼女に、とてつもなく庇護欲をそそられる。

痛々しい。見ていられない。ギリッと奥歯を噛みしめる。

守ってやれなかった自分を悔やむ。俺はとんでもない役立たずだな。

「廊下で何をしているんだ、君は」

苛立ちからつい、口調が冷たくなってしまった。

「何をしているんだと訊いている。……シェリンズ嬢と喧嘩をしていたと聞いたが」

「喧嘩……」

アリッサはじっと俺を見つめた。

やめろ。そんな瞳で見るな。

「人通りが多い廊下で騒げば、口さがない者が噂をするだろう。現に、俺は君から彼女に乗り換えたと言われているくらいだからな」

アイリーンと喧嘩になったと聞いて、アリッサをどれほど苦しめていたのかと、俺は思い知った。異性を巡って喧嘩をしたとなれば、彼女の令嬢としての名誉に傷がつく。醜聞になるのを厭わずに、俺をアイリーンから取り返そうとしたのだ。温厚で人と争うのを嫌う彼女が、アイリーンに立ち向かうために、どれだけ勇気を振り絞ったことだろう。


「あ……ごめんなさ……私……」

俺が何も言わない間に、アリッサの瞳がどんどん暗く沈んでいった。

すぐにでも抱きしめて、安心させてやりたい衝動に駆られる。ぐっと拳を握った。

アイリーンを罠にかけるために、俺達は婚約者を捨てたと周囲に思わせなければならない。こんな廊下の真ん中でアリッサを抱きしめたら、忽ち噂になってアイリーンの耳に入る。

――アリッサ、許してくれ。

アメジストの瞳が閉じられて、涙が一筋落ちた。すると、強い意志を持った眼差しに変わり、

「……謝りません。悪いと思ってませんから」

と、俺を見つめてはっきりと言い切った。

「アリッサ?」

「レイ様がアイリーンをどんなに愛しても、愛してもらえないんだもの!」

――違う!俺はアイリーンなんか……。

「そんなの酷すぎる。ずっとずっと好き……私の方が、いっぱいレイ様を愛してるのに!」

――!!

全身が痺れた。

雷に打たれたようだった。

立ち尽くす俺に背を向けて、アリッサはどこかへ行こうとする。

――行かせない!

「……っ、来い!」

人目のないところでアリッサの誤解を解きたかった。きちんと説明して、許しを請いたい。


普通科二年の教室の前を通り、その向こうにある生徒指導室の前まで、アリッサの肩を抱いて連れていく。途中で生徒達が俺とアリッサを見て何か言っていた。

ドアを開けて押し込むと、アリッサは簡単に床に倒れた。

視界に入れないようにして閉め、天を仰いでドアに凭れる。

すぐに内側から音がした。

ドン!

「アリッサ」

――やめてくれ。

「レイ様!開けてください!」

掌で叩いているようなペタペタという音がした。必死な様子が伝わってくる。

「……静かにしろ」

低い声で言う。廊下の雑踏に消されて、生徒達には聞こえていないようだ。

「お願いです、ここから……」

「……しばらく頭を冷やせ。後で出してやる。鍵はかけないが、ここから出るなよ」

そう言い残して部屋の前から去る。何度もアリッサの泣き顔が頭に浮かぶ。俺の忍耐力は既に限界だった。


   ◆◆◆


三・四時間目、三年一組は自由研究の時間だ。

殆どの生徒が図書室へ流れ、期末試験の勉強をしている。

俺は生徒指導室へ急いだ。幸い、廊下には誰もおらず、見咎められることもない。

一つ深呼吸をしてドアを開けると、縋りつくようにしてそこにいた彼女はいなかった。

室内を見れば、部屋の中央に置かれた応接セットの長椅子に、アリッサが膝を少し折り曲げて眠っていた。力なく投げ出された肘の下に銀の髪が流れ、同じ色の睫毛が涙に濡れている。

「……アリッサ」

椅子の傍に膝をついてそっと銀髪を撫で、頬に伝う涙の跡を親指で拭う。

「……ん……」

薄く開いたアメジストの瞳が、俺に焦点を合わせた。

「遅くなって悪かったな」

「……レイ、さ、ま……?」

長椅子に寝たままぼんやりとこちらを見つめる。ぽってりとした唇が半開きになり、しばらく何も言わなかった。

「どう、して……」

事態を把握して起き上がろうとしたアリッサを、再び長椅子に寝かせるようにしながら、細い手首を掴んで俺は唇を重ねた。

「……んっ、や、やめてく、くださいっ!」

キスの合間に抵抗される。

「こんな、の、やっ……レイ、様、なんかっ……」

「嫌いか。あれほど熱烈な告白をしたくせに」

手を引いて身体を起こしてやる。アリッサの隣に座ると、座り直して俺と距離を置こうとする。

――警戒されているのか?


「アイリーンを選んだのに、私にキスするなんて、酷いです」

「選ぶ?誰が?」

「レイ様はアイリーンを好きになって、私を捨てるおつもりでしょう?」

フリルのスカートを握りしめ、アリッサは俯いて震えている。

「端から見ればそう見えるようにはしているがな」

「え……じゃあ……勉強会は……」

跳ね返ったように顔を上げた。潤んだ瞳が俺の心を突き刺す。

「そう見えるようにしているだけだ。……ああ、本当は事が済むまで、君には言いたくなかったんだが……」

アイリーンの目的を探るために、寄ってきても拒まないようにしていると、俺はアリッサに説明した。

「作戦をやり遂げようと思っていたのに、泣いている君を見た時から、我慢ができなくなった」

俺の忍耐力が足りなかったのか、アリッサの熱意が俺を動かしたのか。

「……俺が悪かった。許してくれ、アリッサ」

「レイ様……」

「三時間目が始まってしまったな。俺は教室に戻るが、君は……」

立ち上がってドアに向かおうとすると、背中にふわりと温もりを感じた。

「行かないで、……ここに、いてください」


内心絶叫した。

これ以上アリッサと二人きりでいたら、理性がどこかに飛んでしまいそうだ。

「アリッサ。密室に男女が二人きりでいたら、よくない噂が立つだろう。婚約者と言っても」

「構いません!レイ様と、い、一緒がいいですっ」

――嘘だろ!?

アリッサは自分が重大発言をしたと気づいていないのだ。

背中から回った小さな手が互いを探し、俺の胸から脇腹を這い回る。手を掴んで彼女の方を向き直り、戸惑う瞳を覗き込む。

「……今の言葉に、二言はないな?」

「あ、ありませんっ!」

「いい度胸だ。ますます君を気に入ったよ」

顎を掬い取り、親指で唇をなぞる。アリッサの頬が朱に染まり、恥らう表情に胸が躍った。


   ◆◆◆


この数日、二人きりで話す機会がなかったからか、アリッサは饒舌に話し始めた。

俺は離れていた時間を埋めるように、彼女との語らいに時間を忘れて没頭した。

「試験勉強は捗っているか」

「はい。お兄様が教えてくれて」

「ハロルドは教え方が丁寧だからな。クラスの奴にも教えてくれと頼まれていたぞ」

「とても分かりやすいんです」

「まあ、君は教わらなくても理解できているのだろうが……。試験が終われば銀雪祭だな」

銀雪祭の日は、特に雪が降る確率が高い日だ。

雪景色を見ながら、家族や友人、そして恋人と贈り物を交換し合う。アリッサには何がいいだろうかと考えてしまう。

「……レイ様?」

「ん?いや、君へ何を贈ろうかと思って」

「何でも……レイ様がくださるなら、何でも嬉しいです……」

伏し目がちにして頬を染めて呟く彼女は、殊の外愛らしかった。

「まったく……これでは君に贈るより先に、奪ってしまいたくなるな」

「う、奪う?……ん、ん……」

小さな唇にキスを落とすと、室内に白い光が現れた。



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