表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
悪役令嬢が四つ子だなんて聞いてません!  作者: 青杜六九
学院編 8 期末試験を乗り越えろ
399/616

238 悪役令嬢は爪を立てられる

「僕がアイリーンといると、マリナが不安になるのは分かるよ。ごめんね、不安にさせて」

セドリックはマリナを腕に捕らえた。制服越しに互いの体温を感じる。相変わらず心臓は静まってはくれないが、彼の腕の中は安心できる。断罪され没落する乙女ゲームの結末が待っているなどと考える隙もないほど、マリナの頭の中はセドリックのことで占められていた。

「……」

無言でいると、セドリックはマリナが怒っていると思ったのか、

「まだ怒ってるの?」

と優しい声色で尋ねてきた。

はっとして見上げると、声とは裏腹に、青い瞳が熱く揺れる。

「僕にはマリナだけなんだよ?信じて」

言うが早いが、顎を掬い取られる。

突然の事態にマリナは何も考えられなくなり、セドリックにされるがまま、口づけを受け入れたのだった。


   ◆◆◆


アリッサは限界だった。

階段の脇で待つこと……何分経ったのだろう。

セドリック王太子を訪ねたきり、姉は戻ってくる気配すらない。

――どうしよう。マリナちゃんがいないと、教室に戻れないのに……。

うかうかしてはいられない。次の授業が始まってしまう。マリナとアリッサは皆勤賞狙いなのだ。

「三年一組に……行くしかない!」

廊下を見渡すと、教室の前には生徒達が立ち話をしている。彼らにレイモンドの居場所を訊けそうだ。


アリッサは気持ちを奮い立たせてずんずんと廊下を進んだ。

ポケットに入れた腕輪のこと、レイモンドに話す内容のシミュレーション……。アリッサは考え事をしながら歩く悪い癖がある。考えていると前がよく見えなくなるのだ。

ダン。

「いったぁーい」

「あっ、ご、ごめんなさい!」

――私ったら、またやっちゃった……。

大袈裟に痛がっている人物を見て、アリッサは状況が飲み込めなかった。

「ひどぉい。私がレイモンド様と仲良くしてるからって、嫉妬して突き飛ばすなんて!」

金切り声を上げたアイリーンに気づき、やっと自分が非常にまずい状況にあると把握した。

極力自分からは関わらないようにしてきた彼女を、突き飛ばしたつもりは微塵もない。考え事をしてぼんやりしていただけなのだ。

「違うわ、私、そんな……」

「でもぉ、今のであちこちぶつけたし、脚もひねっちゃったかも?」

――嘘ばっかり!怪我をしていたらもっと痛いはずよ。

「……あら、あら?」

カチャ。金属がぶつかる音がした。

アイリーンはスカートのポケットから何かを取り出す。窓から差し込む冬の光に照らされ、それは眩く輝いた。

「あーあ、壊れちゃったみたい」

金属と宝石……緑色のエメラルドの葉がついた、紫色のアメジストの花。アリッサがレイモンドにもらったイヤリングによく似ている。金具の部分が砕けている。ぶつかって転んだくらいで壊れるような部分ではなさそうだ。初めから壊れていたのだろう。

「そのイヤリング……」

「あら、何かしら?弁償してくださるの?」

――私のよ!返して!

唇を噛みしめ、一気に瞳が涙で曇る。アリッサは立ち上がったアイリーンの手に手を伸ばした。

「かえ……っ、返してよ!レイ様の、イヤリングっ!」

「何するのよ。手を離しなさいよ!」

自分の右手を上から両手で握りしめるアリッサを睨み、アイリーンはアリッサの手の甲に爪を立てて思いきり引っ掻いた。

「――っ!」

鋭い痛みにアリッサは顔を顰めたが、手を離さず必死に食らいついている。

「……しつこいわね」

周囲に聞こえないように舌打ちしたアイリーンは、呪文を唱えて転移魔法を発動させた。

「あっ……」

白い光に驚き、手を振り払われその場に落とされる。腕が宙を斬り身体がバランスを失った。生徒達が遠巻きに見つめる中、アリッサはぺたりと廊下に座り、静かに涙を流した。


   ◆◆◆


予鈴が鳴った。

マリナから身体を離したセドリックは、

「レイには何か考えがあるみたいなんだ。詳しくは僕も知らなくてね」

と困ったように呟いた。

「はっきりと拒絶するなってレイには言われているから、今日みたいに勘違いしたアイリーンが寄ってくるだろう。君がしばらく嫌な思いをすると思うと、僕も苦しいんだよ」

レイモンドが何かを企てているのなら、アイリーンに誑かされたわけではないのだろう。事実をアリッサに一刻も早く伝えたいとマリナは思った。

「そろそろ教室に戻りませんか。授業に遅れてしまいますわ」

「うん……」

セドリックはその場を動こうとしない。抱きしめる腕は解かれたが、距離はまだ近い。

「退いていただけます?セドリック様」

「ふふ……やっと呼んでくれたね」

「は?」

「名前」

にへらっと笑う王太子は、王族の威厳も何もない。マリナは頭痛がしてきた。

「僕の腕を引っ張って、教室まで連れていってよ。さっきのアイリーンがしたみたいに」

――ええと、それは……胸を押しつけろってこと?

「い、嫌です!一人で戻ってください!」

色ボケセドリックを軽く突き飛ばし、マリナはアリッサが待つ階段の傍へと走り出した。

「廊下は走らないって言ってたのに。……赤くなって、可愛いなあ」

残されたセドリックが呟いた声は、マリナには聞こえなかった。


評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ