235-2 少年剣士は婚約者の色気に惑う
【アレックス視点】
レイモンドさんに強制参加させられた勉強会で、アイリーンは俺と殿下の間に座り、ことあるごとに話しかけてきた。一度魔法で酷い目に遭わされ、関わりたくないと思っているのに、俺の気持ちを知らないふりでベタベタと触ってくる。
「やめろよ」
「アレックス様ったら、照れちゃって」
「照れてない!」
「ふふっ、女性に触られるのはお嫌ですか?」
「やめ……」
「ジュリアさんに触られるのも、嫌?」
「なっ……」
ジュリアの名前を出されて、俺は急にドキドキし始めた。アイリーンは嬉しそうに目を細めて俺の腕に触れた。
「俺は……」
バン!
自習室のドアが開いたのはその時だった。
「……あ」
誰かが呟いた。部屋の入口に立っていたのは、銀色の髪の……。
「……っ!信じらんない!」
「ジュリア!」
立ち上がりかけた俺を、すごい力でアイリーンが引き戻す。
「まだ勉強が途中ですよぉ?」
「……座れ、アレックス。続けるぞ」
淡々と言ったレイモンドさんを睨むと、眉を上げて少しだけ笑われた。
◆◆◆
翌日、女子寮に迎えに行った俺達は、ジュリア達が先に行ったと聞かされた。
がっかりしたが、それなら早く教室に行こうと思った時、アイリーンが俺達を追いかけてきた。
――逃げよう。
俺の気持ちを先読みしたレイモンドさんに制され、俺はアイリーンと一緒に登校する羽目になった。
あの時の俺に、どんな手を使っても走り去る強い気持ちがあればよかった。
そう後悔したのは、教室でクラスメイトに弄られてからだった。
「よう、アレックス。……聞いたぞ。殿下と女を共有することにしたのか?男爵令嬢なら丁度いいか」
普段は必要最低限の会話しか交わさないような奴に冷やかされ、俺はつい声を荒げてしまう。
「黙れ、お前ら。勝手なことを言うな!」
「おい、そう怒るなって」
「どうせ学院を卒業したらジュリアと結婚するんだろ?堂々と他の女を味見できるのは今だけなんだぜ。少しくらい……ぐふっ」
腹を一発殴っただけでは気持ちが収まらなかった。
卒業したらジュリアと結婚する?それすらはっきりしていないのに、味見とかなんとか、いい加減なことを言うな。
「何だよ、殴ることないだろ!」
「俺は味見なんかしない!ジュリアがいればいいんだ」
「お前だって、アイリーンが裸で迫ってきたら据え膳食うだろ?」
「すえぜん……?」
コース料理のことか?残さず食べろと父上が言っていたのを思い出す。裸と料理がどう関係あるのだろう。
「知らねーのかよ。どう見てもアイリーンの方が、ジュリアよりエロい身体してるし、お前だって抱きたく」
――そういうことか!
合点がいって、俺は急に血液が顔に集まるのを感じていた。
やばい。俺、絶対顔真っ赤だな。
アイリーンの身体なんてどうでもいい。エロいって、誰が?結い上げた銀髪の下に見えるうなじとか、暑がりでボタンを外しているシャツの襟元とか、短い丈のズボンから伸びた脚とか、剣を振る前に乾いた唇を舌で舐める癖とか、お前ら知らないだろう?
「ジュリアの方がずっとエロいんだぞ!」
……言ってやった。
「ジュリアはすごくエロ……」
続けようとして、俺は教室のドアが大きく音を立てたのに気づく。
――ヤバい!
「……ジュリア……」
久しぶりに顔を見た気がする。紫の瞳が少し赤い。ジュリアも俺に会えて嬉しいのか?
「……アレックス」
ゾクリ。
低い声に俺の背筋が凍った。
――すげえ怒ってる!っつか、軽蔑された!?
「何の話をしていたか、聞かせてもらえる?」
「え……あ、えっと……」
「だーれーが、エロいって?」
問いかける声が低く掠れる。練習後で疲れているのか。余計に色っぽくて、顔をまともに見られない。視線を逸らしていると、俺の机の上に手をついて、上から見下ろすようにした。銀髪が俺の視界に入る。
――ち、近い。
暑がりのジュリアは、練習の後はシャツの第二ボタンまで外し、ネクタイを緩く結んでいる。白い肌と鎖骨、その下が少しだけ曲線を描いていて、俺は息を呑んだ。
「ジュリアが……その……」
「へえー。どこからどう見ても健全な私の、どこがエロいっていうのよ!」
――うまく言えねえけど、最近のお前、いろいろとエロいんだよ!
心の中で絶叫する。
ダン!
ジュリアは俺の机に膝を乗せ、靴下とズボンの間の白い腿が、俺の目の前に置かれた。ネクタイを掴まれ、もはやどうでもよくなってきた。観念して目を閉じると、
「はい、そこまでー。ジュリアちゃんも机から下りて」
とレナードの間抜けな声がした。
俺の目の前で、ジュリアはレナードと何やらひそひそ話をしている。レナードが言った言葉に反応して顔を赤くしたジュリアがこちらをちらりと見た。
「おい」
ジュリアと話していたのは俺だろう?
いつものようにレナードから引き剥がし、ジュリアの身体に腕を回す。
「やっ!」
……拒絶された?
俺は呆気なく倒れてジュリアを見上げた。
「な……んで……」
「触んないで!」
触んないで!……ないで!……いで!……で!……。
俺の頭の中でこだました。レナードが引き留めるのも聞かず、ジュリアは教室を出て行った。
ジュリアは真っ赤になって、少し涙目だった。
あのジュリアが?
蛇を見ても蛙を見てもムカデを見ても、ネズミの死体を見ても動じないジュリアが?
俺に触られて、泣いてる……?
よく分からない。よく分かんねえけど……。
一つだけ分かったことがある。ジュリアを追いかけなかったら、俺はまたしばらく、ジュリアと話もできなくなってしまう。
――そんなのは嫌だ!
弾かれたように立ち上がり、俺は廊下へと走り出した。
クリスマス話を書くか迷いましたが、本編を進めることにしました。
……思ったより進みませんでした。(凹)




