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悪役令嬢が四つ子だなんて聞いてません!  作者: 青杜六九
学院編 8 期末試験を乗り越えろ
392/616

233 悪役令嬢は破局を噂される

翌朝。

女子寮の前にやってきたセドリック王太子一行は、ハーリオン四姉妹が先に行ってしまったと聞いて愕然とした。

「まさか!あのエミリーさんが早起きを……」

キースだけが別の視点で驚いている。

レイモンドは今朝のハロルドの様子を思い出し、やはりそうかと合点がいった。


この頃あまり足を引きずらなくなったハロルドが、早い時間に食堂へ行くのを見かけた。隣の部屋のドアが閉まる音がしたのだ。混雑が一段落してからゆっくり食べるのが彼の流儀だ。やけに部屋を出るのが早い。

レイモンドがセドリックと食堂へ行った時には、ハロルドの姿は既になく、廊下ですれ違ったハーリオン家の従僕に尋ねると、彼は校舎へ向かったと言われた。

――あの時点で気づくべきだったのだ。

「ねえ、レイ」

考え込んでいるとセドリックが肩を叩いてきた。

「何だ」

「僕達も行こう。急げば追いつくかもしれないよ」

「……そうだな」

「やっぱり、一緒に登校できませんでしたね」

しょんぼりと肩を落としたキースは、隣のアレックスを見た。彼は動揺しすぎて不審人物になっている。

「ジュリアの奴、怒ってたもんなぁ。昨日、俺がアイリーンと話してる時に入ってきて……」

「お前が鼻の下を伸ばしているから悪いんだろう?」

「酷いですよ、レイモンドさん!元はと言えば、レイモンドさんが俺を勉強会に誘うから……」

「ほほう。追試になってもいいのか?王太子の側近ともあろう者が。……アレックスは余程自信があると見える」

「うう……」

アレックスは肩を震わせた。成績が心配なのはその通りで、勉強を誰かに教えてもらわなければ追試組になりそうだ。


「今日も、……来るんですか?」

アイリーンの名を口にするのも嫌なのか、キースがそっとレイモンドに尋ねる。

「……どうだろうな。約束はしていないが……」

顎に手を当て、緑色の瞳を眇めて、女子寮の門扉に視線を移したレイモンドは、心の中で大きく溜息をついた。

――この勝機を逃すはずがない、か……。

「皆様!お待ちくださいませーっ!」

ピンク色の髪を振り乱し、四人に追いつこうと猛ダッシュしてくるアイリーンは、丈の短いスカートが翻るのも気にしない。令嬢らしからぬ振る舞いだと、毎朝寮の前に並ぶ生徒達がひそひそ噂をする。

「はあ、はあ、はあ……きょ、教室、まで、ごい、っしょ、させて」

「呼吸が落ち着いてから話せ」

膝に手を当て、前傾姿勢で荒い息をしているアイリーンを見て、セドリックはレイモンドの袖を引いた。

「……レイ、先に行くよ?」

「待てと言われただろう?何か話があるようだぞ」

「なっ……」

レイモンドの発言にアレックスが表情を硬くした。金色の瞳が怒りで煌めく。

「キース、転移魔法で先に行くなよ。……アレックス、お前もだ」

走り出そうとしたアレックスの襟首を掴まえ、魔法を発動しかけたキースに釘を刺す。

呼吸を整えたアイリーンが、白々しい微笑を浮かべ、

「皆様、一緒に登校しましょう♪」

と可愛らしい声で宣言し、小首を傾げた。


   ◆◆◆


全校生徒の朝の話題は、ハーリオン侯爵令嬢が婚約者を奪われた話ばかりだった。

マリナ達が校舎へ着いたのはかなり早い時間だったため、先に図書室に寄って本を返却してから教室へ向かったのだ。

その頃には生徒の大半が登校しており、マリナとアリッサが教室に入ってきたのを見て、彼らは一斉に話をやめた。

――私達の噂をしてたって、ありありと分かるわね……。

隣に立つアリッサがびくびくしている。マリナは優しく背中を撫でた。

「心配はいらないわ、アリッサ。噂なんてすぐに消える、そうでしょう?」

「……マリナちゃん。私、寮に帰りたい……」

俯いたアリッサのアメジストの瞳から、一筋の涙が零れた。


母譲りのマリナの地獄耳は、生徒達の噂話をしっかり拾っていた。

「マリナ様もアリッサ様も、あのぽっと出の女に……」

「男爵令嬢だろう?王太子妃になんてなれないじゃないか」

「あら、妾にして傍に置かれるつもりかもしれないわよ?」

「あの女はレイモンド様狙いじゃなかったのか?昨日、廊下で見たぞ」

「王太子妃になって、レイモンド様を愛人に?まあ、破廉恥な」

「アレックスはどうなんだ?殿下に付き合っているだけなのか?」

「ジュリア様に置いて行かれたようですものね。破局しているんじゃありませんの?」

「剣技科の男はあからさまなブリッコ女に弱いもの。もうシェリンズ男爵令嬢に惚れているのよ」


ふう。

溜息をつかずにはいられない。

『ハーリオン侯爵令嬢四姉妹は全員、婚約者をアイリーン・シェリンズ男爵令嬢に奪われた』というのが噂の主題らしい。授業が始まって、二時間目が終わった。他のクラスでは噂に尾ひれがついているかもしれない。

――憂鬱だわ。

魔力測定でエミリーがアイリーンに襲われ、それをエミリーが犯人だと噂になったことがあった。あの時は、セドリックの教室を訪ねて、廊下で彼に熱烈なキスをされたのだ。他人の不幸は蜜の味。令嬢達は、恋人同士の幸せな噂より、破局の噂を好んで話したがるものだ。今回の噂を消すには、余程センセーショナルな話題でなければ無理だろう。

――噂になるネタなんてないわ。

制服の内ポケットの中で、エミリーに渡された腕輪が存在感を示す。

「渡しに行かないと……」

椅子から立ち上がろうと腰を上げ、マリナはアリッサにがしっと腕を掴まれた。

「一人にしないでぇぇ」

「すぐに戻るわ」

「どこ?どこに行くの?」

「エミリーからもらった腕輪をセドリック様に渡しに行くのよ。……アリッサも行く?」

一瞬躊躇ったアリッサは、視線を彷徨わせ、意を決したようにこくんと頷いた。


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