226 少年剣士は王太子の愚痴を聞く
【アレックス視点】
「レイは何を考えているのか。僕は分からなくなったよ」
昼食の後、食堂からの帰り道。セドリック殿下はぼやいていた。
俺もレイモンドさんの考えることはよく分からない。あんなに嫌っていたアイリーン・シェリンズを勉強会の仲間に入れるなんて、どこかに頭でも打ったのかと思った。
「俺も、正直びっくりしました」
「アレックスは事前に聞いていたの?」
「いいえ」
「本当に?」
「本当ですよ。疑ってるんですか?」
殿下はゆっくりと首を振った。勉強会に参加するかどうか迷っていたけれど、最後はレイモンドさんに押し切られる形で参加を了承したのだ。満点を取るってマリナに約束したらしい。俺には想像もできない世界だ。
「レイは面倒見がいいから、と思ったけど……どうなんだろうね。嫌な奴に頼まれても、頼まれたら勉強をみてやろうって思うものなのかな?」
「勉強を教えてほしいって言われたことがないから……」
「そうだろうね」
「そこは納得するんですね」
「うん。……アレックスはクラスの皆と勉強してるんだって?」
「はい。まあ、剣技科の皆は、勉強はあんまり得意じゃないんです。レナードが頼りで」
「抜け駆けするみたいになっちゃうね」
抜け駆けにならないために、ジュリアやレナードを誘おうと思ったが、レイモンドさんは人数を増やすなと言っていた。何か理由があるんだろうと思う。
「そうですね。……いい成績をとって、皆を驚かせてやります」
「頑張ってね、アレックス。僕も満点を取って、マリナに特別なご褒美をもらうんだ」
「ご褒美……」
何度か言っていたな。ご褒美って何なんだろう?
「殿下は、マリナから何をもらうんですか?」
「まだはっきり決めていないな。とりあえず、僕の誕生日は一日一緒に過ごそうって約束してる」
「四回ぐらいバルコニーで手を振るんでしたっけ?結構忙しい誕生日ですね」
「だから、前日は王宮に泊まってもらうつもりだよ」
泊まる?
……当然、別の部屋に決まってるよな?
「そ、そうですか」
「時間が許す限り、マリナと親密な時間を過ごしたいんだ」
「しんみつな……」
って、あれか?できるだけイチャイチャしようってことか?
少し考えて、ジュリアとイチャイチャしたのはいつのことだったか思い出す。
――まずい……思い出せない。セドリック殿下、羨ましすぎるぞ。
「アレックスもそうでしょう?僕の誕生日は授業が休みになるんだから、ジュリアとデートしたりしないの?」
「デート……」
そう言えば、デートなんかしたことあったか?俺達。
「どうしたの?怖い顔だよ」
「あ、す、すみません。……あの、殿下はマリナとデートしたことありますか?」
「一緒に外出するのをデートと呼ぶなら、したことはないかな。僕はどこに行くにも護衛がついてくるし、公務で出かけるのにマリナを同行させられないしね。仕方がないと思ってる。本当は、クラスの皆が言っているお洒落なカフェや、流行の小物の店にも行ってみたいんだけど」
殿下は苦笑いをする。
「じゃあ、俺達と一緒に出かけませんか?」
「俺、たち?」
「殿下とマリナ、俺とジュリアでですよ!王都の中でも治安がいい地域なら、護衛代わりに俺達を連れて出ても、大丈夫じゃないかと思うんです」
「そうか、うん。マリナとジュリアも喜ぶね。アレックス、名案だよ!」
俺の肩をばんばん叩いて、セドリック殿下は喜んだ。
◆◆◆
「デート?」
教室に戻り、早速ジュリアに提案した。
「殿下とマリナと、アレックスと私?」
「どうだ?」
「どうって言われてもねえ……ダブルデートか。悪くはないよ?でも、危なくない?」
「腕に自信がないのか?ジュリア」
剣技科一年の中では、俺達とレナードが強いと言われている。並の暴漢なら撃退できる自信はある。
「私達、帯剣を認められてないじゃん。殿下に何かあったらどうすんのさ?私達が怪我するのは仕方なくても、悪い奴に襲われて殿下が怪我したら、アレックスの父上やうちのお父様が責任を取ることになるんだよ」
「責任……そっか、俺達役に立たないんだな」
「だよ。だからさ、即戦力を連れて行けばいいと思うんだ」
「騎士の誰かか?」
「まさかあ。そんな人連れてったら自由がきかないじゃん。キースとエミリーだよ。エミリーなら攻撃魔法が得意だもん、やっつけてくれるよ。怪我してもキースが治してくれるでしょ」
「すげえな、ジュリア!」
やっぱりお前は最高だ。俺には考えつかないような名案を出してくれる。
「ところで、殿下とデートの話になったの、なんで?」
「ん?何だっけ……悪い、覚えてねーや」
「えー?」
「ええっと……殿下の誕生日の前に、マリナが王宮に泊まって、殿下とイチャイ……コホン、仲良くするって聞いたぞ」
「イチャイチャって言った?」
「気のせいだっつーの」
「エミリー達にも聞いてみないとね。あの子、出かけるの大っ嫌いだからさ」
皆でどこに行くか、どの店がいいかと話しているうちに、俺は何か大事なことを言い忘れた。言わなければと思っていたのだが、何だったか思い出せない。
何だったかな?殿下が……?
ジュリアが楽しそうに予定を立てているのを聞いて、後で思い出したら言えばいいやと思い直し、彼女の笑顔に見入っていた。




