224 悪役令嬢とヒロインの目的
昼休み。
エミリーは授業が終わるや否や、転移魔法で普通科三年一組の前に立った。
一緒に食堂へ行こうと誘ってきたキースの前で消えたのである。少しの罪悪感はあるが、重要な任務があるのだ。
「……レイモンド、いる?」
「あ、ああ、待っててね……おーい、レイモンド」
呼びかけた男子生徒にちらりと視線をやり、レイモンドは教科書を閉じて重ねた。
「何だ?」
「お客さん。一年の銀髪美少女」
「!」
面倒くさそうだった彼の動きが、途端に倍速になる。急いでドアのところまで出てきて、エミリーの姿を認めると眉間に皺が寄る。
「……エミリーか」
「残念でした。アリッサじゃなくて」
「何の用だ」
「……ここじゃ話せないわ。転移するから、ついてきて」
「分かった」
レイモンドの腕を掴み、エミリーは無詠唱で転移魔法を発動させた。
二人が転移した先は、魔法科練習場の裏手だった。針葉樹の木立が暗い影を作っている。
滅多に人も通らず、密談にはもってこいの場所だった。
「……それで、話とは?」
「アイリーンの狙いが分かった」
「ほう」
「……狙いは、グランディアの王位。王太子が王になって、妃の座についたアイリーンに譲位するらしい。後夜祭のダンスパーティで、あいつが口を滑らせた」
「セドリックが王になるのは、まだまだ先の話だろう?国王陛下はお若い。まさか、陛下を害するつもりか?」
レイモンドは驚いて早口で畳み掛けた。
「分からない。王太子やアレックス、レイモンド……皆に傅かれて女王になるらしい。リオネルにも確認した。他国で王から譲位されて女王になった例はある、と」
「女王になって権力を握るのが目的なのか。あるいはその先に別の目的があるのかもしれないな」
「別の目的……」
エミリーは目を眇めた。アイリーンが『とわばら』をプレイしたのか『とわばら2』をプレイしたのか定かではない。彼女がまだ見ぬキャラクターを自分の前に出すために、王太子・アレックス・レイモンド・マシューを従えようと躍起になっているのだとしたら……?
まだ出てきていないキャラクターは一人だけだ。
――アスタシフォン王太子、か……。
グランディアよりはるかに国力があるアスタシフォンだ。グランディアの王女であっても正妃になれるとは限らない。だが、グランディアの女王なら?領土と領民を持参金代わりに、正妃になるのも難しくない。
「……これは、私の想像だけど」
「言ってみろ」
「アイリーンが女王になりたい理由が、別のところにある……アスタシフォンの王太子の妃になるのが目的だったとしたら、どうなると思う?」
「妃に?無理だ。王の血筋以外で王位を譲られるには、王位継承者……つまりセドリックと婚姻していなければならない。アスタシフォン王太子とは結婚できないぞ」
「だよね。……でも、夫が死んだら?」
「なっ……!」
「アイリーンが狙うのは王位。王位が手に入りさえすれば、王太子だけじゃない、アレックスもあんたも殺されると思う。間男なんて邪魔でしょ。アスタシフォンが許さないもの」
「成程な。俺達も命が危ういというわけか」
「小国の女王より、大国の王妃を狙う。国王や王太子の暗殺も、あの女ならやりかねない」
静かに頷き、レイモンドは真剣な眼差しを向けた。
「この間の話だが、覚えているか?」
「……覚えてる」
「なら、いい。アリッサを頼むぞ」
エミリーの返事を待たずに、レイモンドは木立の陰から出ていった。
◆◆◆
放課後。
生徒会活動も休みに入り、寮へ帰る道でレイモンドはアリッサを薔薇園へ誘った。年中見事な薔薇が咲き乱れる薔薇園は、乙女ゲーム『とわばら』での重要ポイントだった。
「レイ様?」
少し考え込んで黙ってしまったレイモンドに、首を傾げたアリッサが声をかけた。
「……アリッサ、聞いてほしい」
「はい」
「試験対策のことだが……」
アリッサははっとした。マリナが言っていたことを思い出す。
義兄の話によれば、レイモンドは自分を誘って勉強を教えると言っていたらしい。
「レイ様が教えてくださるのですか?」
「……教わらなければ一位になれないのか?」
――えっ……。
当然一緒に勉強をするものだとばかり思っていたが、彼の予定は違っていたのだろうか。
アリッサは耳を疑った。
「俺に教わらなくても、君なら一位が取れるだろうと思ってな」
「それは……」
「日頃の予習復習をしっかりしていれば、君の学力なら満点が取れる。ジュリアやエミリーに勉強を教えても、自分の復習になるだろう」
何気なく顔を覗きこんできたレイモンドに、
「……私、レイ様と勉強したかったです」
と言うと、アリッサは真っ赤になって俯いた。
レイモンドはクスッと笑って銀髪をくしゃりと撫でる。頭につけたリボンが形を崩す。
「俺もだ。……自習室で二人きり、いろいろと教えてやりたいのはやまやまだが、他にやらなければならない仕事ができた」
「生徒会のお仕事ですか?だったら私、お手伝いします」
「いや。……俺が卒業するまでに成し遂げておきたいこと、とでも言っておくか。君が無事学院を卒業して、俺と祭壇の前で愛を誓うために」
「祭壇……」
アリッサはいつかの悪夢を思い出した。花嫁の控室で、愛しいレイモンドから毒入りワインを飲まされる夢を。
「……私、レイ様と結婚できるのかしら」
思わず小声で呟き、アリッサは目を伏せた。




