【連載5か月記念】閑話 悪役令嬢がRPGだなんて聞いてません! 9
「んんまっ!この肉、たまんないわ」
「ジュリアちゃん……」
骨付き肉を頬張る姉にアリッサは眉を顰めた。
「あんなことがあった直後なのに、よく食べられるね……」
「アレックスとレイモンドがコテンパンにしてくれて気分がいいもん、いくらでも食べられそう」
酔っ払いどもと一戦交えた後のアレックスは、ジュリアと同様に食堂の人気メニューに舌鼓を打っている。
「ほら、キースももっと食えよ」
「僕はもういいですよ。お腹が満たされましたし」
「少食だな。俺も一つもらうとするか。魔力の回復には食事が一番だ」
レイモンドが皿に手を伸ばす。
「レイ様、さっきの魔法って……」
「三か月間悪夢を見る呪文だ。いっそ死にたいと思うほどにな。まあ、死の呪文をかけてやってもよかったが」
「そんな物騒な……。俺は関節を外す程度にしておいたのに」
「アレックス君、それでも十分酷いと思うよ?」
五人が話をしていると、食堂の客がざわめいた。
「何だろ。皆あっちを見てるね」
客は口々に「陛下だ」「こんなところに」などと言っている。
店の入口に立った男が、深く被っていたフードを脱ぎ、輝く金髪が見える。街の住人のくすんだ髪とは明らかに違う。
「ジュリアちゃん、あれ、王太子様よね?」
「殿下じゃん。今は陛下だっけ?どうでもいいけど、こんな店に一人で来るの?」
ひそひそ話をしている二人を見つけて、セドリックは五人が座るテーブルへと歩いてきた。
「やあ、君達が勇者アレックスとその仲間だね」
「は、はい。俺……じゃなくて、私がアレックスです。えっと、こっちが愉快な仲間達です」
「ふふっ、そうだね。なかなか楽しそうだ」
セドリックは王子スマイルを零し、視線がレイモンドに止まった。
「君は……神官だね」
「はい。聖跡都市の大神殿から参りました。レイモンドと申します」
「ああ!君がレイモンドか」
「私の名をご存知なのですか?」
「うん。……マリ……いや、知り合いが君達のことを話していたんだ」
ジュリアとアリッサは、セドリックの口から姉の名が聞こえた気がして、顔を見合わせた。
「君達に頼みがある。……ここでは人目があるし、どこか別の場所で話せないかな?」
◆◆◆
「重い……」
「我慢しろ。店はすぐそこだ」
エミリーとマシューは、調合した魔法薬を入れた箱を背負い、王都の中心部を歩いていた。変装のためにマシューの羽根はコートの下に隠されていて、簡単に飛ぶことはできない。動きやすい町娘の服を着たエミリーも、自分の足で歩くしかなかった。
「瓶ばっかり入ってて重い……」
「お前の分は膏薬が中心だ。瓶は殆ど俺が背負っているだろう。店に下ろしたら、何か美味い物でも……ん?」
「どうしたんです?」
「あれを見ろ。……角の本屋の前だ。こんなところに国王が……」
マシューが指をさした方向には、フードを目深に被った金髪の男がいる。赤髪の男、水色の髪の神官風の男……。
――あれって、王太子とアレックスとレイモンド?
彼らの後ろに紫の髪の魔法使いと、銀髪の女性が二人。
「ジュリア!アリッサ!」
突然大声を上げて走り出したエミリーに驚き、彼女を引き留め損ねたマシューが追いかける。
「エミリー!」
「エミリーちゃん!」
駆け寄った二人とエミリーは、ひしと抱き合った。
「エミリー、後ろの人って……」
「あっ、マシューさんって言って、この間からお世」
お世話になってると言いかけて、エミリーは後ろからマシューに肩を抱かれた。
「エミリーの夫のマシューだ。魔法薬作りを生業としている」
「夫……」
アリッサが頬を染めた。
「へえ……」
アレックスが口を開けている。マシューの背中に大きな箱があるのを見て、納得したようだった。
「王都には薬を納品に来た」
「それにしては、随分と禍々しい気配がしているようだが」
レイモンドがぴしゃりと言った。マシューの眉間に皺が寄る。
「ま、まあいいだろう?ここでこうしていても話が進まないし、皆でどこかで休まないか?」
セドリックが二人の間に割って入った。
◆◆◆
結局、レイモンドが取った宿の一室に、勇者一行の五人と国王セドリック、エミリー夫妻が入った。全員がテーブルセットとベッドに着席したところで、キースが消音魔法をかける。
「これで話が外に漏れません。陛下、お話とは何ですか?」
「勇者一行が王宮に来たと聞いて、君達に魔王を探してもらおうと思ったんだ」
不意にエミリーの隣のマシューが咳き込んだ。彼の背中を摩ると、赤い瞳が不安そうに揺らいだ。
「魔王討伐……ですか?」
「違うよ。僕は魔王に助けてほしいんだ」
セドリックは椅子から立ち上がり、バンとテーブルを叩いた。
「助ける……?」
「君達も知っていると思うけど、僕が不甲斐ないばかりに、魔女に玉座を乗っ取られているんだ。おかげで王妃マリナと王子達は結界が張られた離宮から出ることもままならない。離宮には魔王が張った結界が今も生きていて魔女の目から逃れられる。つまり、魔王の魔力は魔女アイリーンより優れている。彼なら魔女を退けられるのではないかと思ったんだよ」
力説するセドリックを、レイモンドは冷たい視線で射抜く。
「……まったく、情けない王だな。魔女の傀儡になるとは」
「批判はいくらでも受ける。あの女を王宮に出入りさせた僕が悪いんだ」
青い瞳に涙が滲んだ。心から悔やんでいるのが分かる。
「マリナちゃんはどうしているんですか?離宮に閉じ込められてるんですよね」
「閉じ込めるなんて酷いよ。魔女から隠さなくても……」
「隠さなければ殺されてしまうんだ!魔女は僕に、マリナを殺せと言ったんだ。従わなければ王都を灰にすると。王として、民の命を危険に晒すことはできないと知っていて、『王の愛妾』を名乗る自分の権力を絶対的なものにするために、身重の王妃を王自ら葬れと」
「なんて奴だ!許せねえよ……」
アレックスが奥歯を噛んだ。
「王宮には自分が連れ込んだ若い兵士や、自分に媚び諂う貴族だけを集めている。王の僕が反乱を起こしてもすぐに鎮圧されてしまうだろうね。魔女一人でもとてつもない戦力だ。それこそ王都が破壊されかねないよ。だから……君達に魔王に会いに行って欲しいんだ」
次(10話目)で終わります。




