【連載5か月記念】閑話 悪役令嬢がRPGだなんて聞いてません! 5
「魔王印のアビドキン?」
「何かな?お菓子みたいだけど」
王都から少し離れた宿場町で宿を探したジュリア一行は、町の土産物屋で売られている不思議な食べ物に興味を引かれた。
「とりあえず、一つ食ってみようぜ。おばちゃん、これ一つ!」
一袋手に取って、アレックスが勘定を支払う。銀貨一枚とは、菓子としてはそれなりの値段だ。早速袋の口を開け、一つ手に取って口に放り込んだ。
「お、……ん?……むぐ」
「どう?アレックス」
「……んっ。……これ、美味いぞ!ジュリアも食ってみろよ」
「どれ?」
ジュリアはアレックスがつまんだ二つ目を、彼の手首ごと引っ張って口に入れた。少し指先を舐めてしまったようで、アレックスが顔を赤くする。
「なっ……」
「あ、ホント!お餅みたい!」
「オモチ?」
「外国の食べ物だよ。アリッサ、食べてみて」
五人は一袋を分け合い、概ね美味であるという評価をしたところで、袋に書かれた『魔王印』とは何か店主に訪ねた。
「お客さん、知らないのかい?ま、店の真ん前で皆で分け合ったところを見れば、知らないんだろうけどねえ……」
「もったいぶらないで教えてよ」
「アビドキンは、この辺じゃ有名な元気が出るお菓子なんだよ。……特に、夜にね」
店主のおばちゃんはにやりと笑って五人を見た。
「えっ……」
アリッサが絶句する。隣に立っているアレックスは、調子に乗って袋の半分をたいらげてしまったはずだ。無事では済まないだろう。
「ジュリアちゃん……」
「……よし、次からお菓子を買う時は気をつけないとね」
「魔王、とは何なのだ、店主よ。よもや魔王がこの菓子を作っているのではあるまいな」
「魔王様お手製だよ。これだけじゃない。他にもいろいろ評判がいいんだよ。魔王印の魔法薬は。この貼り薬なんか翌朝には肩こりも腰痛も治るさ。こっちは腹の薬で……」
「嘘っ」
この世界の魔王は実業家のようだ。
「魔王様お手製のもの以外に、『魔王』なんてつけられるかい?罰当たりだろう」
「では、魔王はこの店に定期的に品物を納めに来るのか?」
黙って話を聞いていたレイモンドが、店のカウンターに身を乗り出して尋ねた。
「本人は来ないけれどね、使い魔が持ってくるのさ。品物を受け取って、代わりに魔王が欲しい物を渡して。物々交換だあね」
「何てことだ……魔王が人々の生活に馴染んでいるとは」
「ところでお前さん達、王都に行くのかい?」
「どうしてそれを!」
キースが青ざめた。このおばちゃんは心を読むのか?と一歩後退した。
「さっきあんたが王都の地図を買ったからさ。あそこは大きい街だからね。地図で宿屋を探して歩かないとって」
「……そうでした。はい。王都に行きます」
「じゃあ、気をつけたほうがいいよ。あそこは、魔女が治めてるって噂だからね」
「魔女?」
「王様じゃないの?レイ様、ご存知でしたか?」
「いや。俺がいた神殿がある聖跡都市から王都は遠い。国王が傀儡になっているのではないかと言っている者もいたが……情報が入って来ないんだ。店主、もう少し詳しく教えてもらえないだろうか」
「魔女だか何だかよく知らないがね、国王陛下は悪い女に引っかかっちまったのさ。何年か前にご結婚なさった王妃様も、今はどうなっているのやら」
「王妃様……」
ジュリアが口元を手で覆う。
「おばさん、王妃様って、どんな人だか分かる?絵姿とかないかな」
「ええと、ちょっと待ってね。確か、ご成婚記念のプレートがあったはず……」
店の奥の埃がかかった棚から、店主は縁がよれている染みだらけの箱を取り出した。
「あったあった、これだよ」
手で埃を払い、箱の蓋を開ける。埃に目を閉じたジュリアが再び目を開けると、そこには幸せそうに寄り添う二人の絵が描かれていた。顔を寄せたアリッサとジュリアは、視線を合わせて頷いた。
「これ……どうしよう、ジュリアちゃん」
「間違いないよ。セドリック殿下とマリナじゃないか……」
「マリナちゃん、どうなっちゃったのかなあ……」
「王都に行くしかないね。マリナがいるなら助けなくちゃ。エミリーの情報もあるかもしれないし」
「そうだね。うん。魔女に負けていられないよね」
決意を込めて握りこぶしを作ったアリッサのマントがはだけ、踊り子のセクシー衣装が露わになった。赤くなりながらガン見しているアレックスの脇腹に、ジュリアの鉄拳がきまったのは直後のことだった。
◆◆◆
「遅くなってごめん」
部屋に入ってくるなり、現実より少し大人びたセドリックは、ベッドサイドまで小走りで駆け寄り、マリナをきつく抱きしめた。
――セドリック様なの?私達を閉じ込めているのは……。
ふわり。
彼の服から女物の香水の香りが漂う。
「放して!」
腕で胸を押すと、簡単に彼は拘束を解いた。
「マリナ……」
「こんなところに閉じ込められて、私達……」
「僕が何をしても、君はもう信じてくれないんだね」
「信じる?何を?」
「僕だって君をここから出してあげたい。エルドレッドとウィルフレッドも、広いところで遊ばせてあげたいんだよ」
「なら、何故っ……」
責めるような視線でセドリックを追い詰める。彼は弱々しく笑って頭を振った。
「何も言わずに閉じ込めてごめんね。……そうだね、そろそろ潮時かもしれない。僕が君達を閉じ込めているのは、この離宮が魔女の目を眩ませているからだよ」
「魔女……」
「己の野心から近づいてきたあの女を、不甲斐ない僕が排除しきれなかったのが原因だ。勝手に僕の愛妾だと言って権力を握り……王都を火の海にしたくなければ、君を殺せと言われた」
――何なの?夢なのに話が重すぎるわ。
「そんなこと、できるわけがないじゃないか!愛する君を手にかけるくらいなら、死んだ方がマシだ。でも、君が苦しむのが分かっていて、無責任に死を選ぶなんて最低だろう?だから、何か方法がないかと調べて……見つけ出したんだ。かつて魔王が王都にいた頃、この離宮に住んでいたと。離宮は魔王が張った結界が今も生きているってね」
「結界が……」
「あの女より、魔王の魔力が上回る。外から結界の中は見られない。音も聞こえない。お腹の子諸共、君は死んだと嘘をつき、僕は君を閉じ込めたんだ」
セドリックはマリナの肩に手をかけた。
「僕は決心したよ。必ず玉座をあの魔女から取り戻してみせる。王宮をエルとウィルが自由に走り回れるように」
「セドリック様……」
「……やっと、名前を呼んでくれたね」
長い指がマリナの銀髪を梳いた。
今晩のうちに閑話完結できませんでした。
明日に持ち越します。申し訳ございません。




