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悪役令嬢が四つ子だなんて聞いてません!  作者: 青杜六九
学院編 7 学院祭、当日
375/616

【連載5か月記念】閑話 悪役令嬢がRPGだなんて聞いてません! 4

使用人が部屋に灯りを持ってきて、マリナはようやく夕方になったのだと思った。豪奢な絨毯の上でじゃれあっていた息子達は、昼過ぎに目を擦り、部屋の隅に置かれたベッドで昼寝を始めた。間もなく起きる頃だろうか。

「父上は、夜になったら帰ってくる……か。誰なのかしら」

幽閉された王妃としてここにいるのなら、夜になっても彼は訪れないかもしれない。来ないならそれでいい。悲劇的な自分の行く末を体験しなくてすむ。

「奥様、お食事をお持ちしましょうか」

侍女は自分を『奥様』と呼ぶ。自分の王妃の位が剥奪され、代わりにアイリーンが王妃になったのなら、『王妃様』とは呼ばないのだろう。

「子供達が起きてからにするわ」

「かしこまりました」

「あのっ……」

頭を下げて出て行こうとする侍女を、マリナは思いきって呼び止めた。

「私、お庭を散歩したいの」

邸を出たいとは言い出せなかった。外に出る許可をもらえれば、少しは状況が変わる。

「なりません。外は魔族が徘徊して大変危険です。奥様にもしものことがあれば、坊ちゃま達はどうなりますの?」

「それは……」

天蓋付きのベッドの上でころころと転がっている息子達を見る。夢の中の時間でたった数時間を過ごしただけなのに、マリナは彼らが愛しくて仕方がなかった。

「あの子達も外で遊ばせてあげたいと思ったのよ」

「魔王が討伐されれば、魔族の力も弱まります。国王陛下が国中から勇者を集めておいでです。魔王が討たれるのも時間の問題でしょう」

『国王』の言葉に胸が高鳴った。

――セドリック様のことなのかしら?

自分達をここに閉じ込めたのは彼ではありませんように、とマリナは願わずにはいられなかった。

廊下の向こうからざわめきが聞こえ、一礼した侍女が振り返ってドアを開けた。

「旦那様がお戻りです」

マリナはびくりと身体を震わせ、一つ深呼吸をした。

――大丈夫よ。これは夢なんだから。


   ◆◆◆


黒い革張りのソファに寝転がるようにしながら、マシューは足を組んだ。チェーンがジャラリと音を立てる。

「……」

エミリーは少し離れた床に敷かれたファー素材のラグの上で、膝を抱えて体育座りをしていた。大胆な格好で寛ぐマシューをちらちら見ては、胸の動悸を抑えようと必死だった。

「……何だ。俺に用か?」

俺様モードのマシューは赤い瞳でじっとエミリーを見据えた。

「用はないです……」

「そうか。てっきり、食って欲しいのかと思ったぞ」

「食っ!……違いますっ!食べないで!」

マシューの瞳が細められ、遅れてクックッと低い笑い声がした。

「何……?」

「まだ俺がお前を食うと思っていたのか?」

「違います!」

椅子から立ち上がり、マシューはエミリーの傍へ来ると、腕を引き腰に手を回して立たせた。

「来い。……いいものを見せてやる」


連れてこられたのは、大きな丸い鉢のようなものの前だった。

「水鏡だ。覗いてみろ。何が見える?」

水を湛えた鉢はゆらゆらと光を弾き、エミリーは瞳を凝らした。

「水が溜まって……」

「違う。意識を集中させて、よく見るんだ」

水面が白く輝き、アメジストの瞳に煌めく光が飛び込んだ。

「……っ!」

眩しさに目を閉じたエミリーが、恐る恐る薄目を開けると、

「マリナ!」

水面にはベッドの縁に座り、眠る子供を撫でている姉の姿があった。

――マリナ、いつの間に子持ちになってるの!?

現実世界の弟のクリスと同じくらいの年齢だ。姉も少し大人びて見える。エミリーには自分の姿が見えないが、恐らく少し歳を重ねているのだ。

「知り合いか?」

気配を消したマシューがエミリーの後ろに立ち、耳元で囁いた。

「姉です」

「ああ、確かに、銀髪も紫の目も同じだな。……ここは、貴族の邸か?閉じ込められているように見えるが、助けてやらなくていいのか?」

「どこにいるのか分からないんです。はぐれてしまって」

「そうか……」

「耳に息を吹きかけるの、やめてもらえます?」

「くすぐったそうにするお前が悪い」

水鏡を覗き込むエミリーを後ろから抱きしめ、マシューは軽く耳たぶを噛んだ。

「ひぃ」

「色気のない声だな。そんなんじゃ、食べる気にならないぞ」

――どういう……?

「あの……もしかして、食べるって……」

「意味が知りたいのか?……教えてやる」

バサッ。

マシューは背中の羽を一つ羽ばたかせて、エミリーを軽々と抱き上げた。

「ぎ、ぎゃあ」

「ったく、雰囲気もへったくれもないな」

フッと笑って歩いていく。ドアがまるで自動ドアのように開き、廊下の灯りはマシューの行く先を照らし、通り過ぎると消えていく。

――便利ねえ……。

エミリーは緊張のあまりどうでもいいことに感動していた。


石畳の廊下を進み、マシューはある部屋に入った。

足を一歩踏み入れると四隅に篝火が青白く燃え、部屋の中央に大きな天蓋付きのベッドがあるのが見えた。

――食べるって、そっち!?

マシューはエミリーをベッドに横たえ、

「お前は……美味そうな魔力の持ち主だな」

とのしかかってくる。

「お、美味しくなんかありませんってば!魔力を吸うのは勘弁して!」

「魔力を循環させるだけだ。一方的に奪ったりしない。……ある意味では奪うか……」

マシューは色っぽく微笑んだ。

――これは夢、これは夢、これは夢、これは……。

エミリーはお経のように心の中で唱え続けた。


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