【連載5か月記念】閑話 悪役令嬢がRPGだなんて聞いてません! 3
「会えて嬉しいよ、アリッサ。……てか、何なの、そのカッコ」
「アリッサは踊り子なんだ」
ジュリアの質問にレイモンドが答えた。
「……踊れるの?」
「大丈夫みたい。夢の中だから」
彼に聞こえないように姉妹は小声で話をする。
「ふうん。じゃあ、四人でパーティ組まない?キースも入れて五人かな」
「おい、ジュリア。勝手に誘うなよ」
肩を叩いたアレックスは、アリッサを見て固まった。銀色の後れ毛がかかる華奢な肩、小柄な身体に不釣り合いに思える豊かな胸の線、くびれた腰と視線を下ろしていく。
「……っ、いでででででで!」
ブーツの踵で思い切り足を踏まれ、アレックスは絶叫した。
「私の妹をいやらしい目で見ないでくれる?」
「見るなって、見えるようにしてんのが悪……いででででで!」
「ハアン?何だって?この変態が!」
「何でもねえよ!ひっ……」
アレックスの頬をレイモンドの杖が撫でた。緑色の瞳は怒りで明るく輝いている。
「神官のみが許される禁忌の魔法を知っているか」
「し、知ってま……」
「今ここで死んでみるか?生き返らせてやるかは分からんがな」
「すみません、もうしません!」
涙目で土下座に入ったアレックスを杖で一打ちし、レイモンドは自分のマントを脱いでアリッサに着せた。
「仲間になってやってもいい。いざとなったらお前が前線に立つならな」
「やった!ありがとう!回復魔法が使えるメンバーが欲しかったんだ!」
「ジュリアちゃん……ここ、エミリーちゃんの夢の中なんだよ?」
状況を思い切り楽しんでいる姉を見て、アリッサは呆れ顔で溜息をついた。
◆◆◆
魔王マシューの城に連れて行かれたエミリーは、悪夢対策が失敗だと気付いていた。乙女ゲーム『永遠に枯れない薔薇を君に』で魔王化したマシューは、魔力が暴走していただけで、見た目は普通の彼だった。
――こんなロック仕様じゃなかったのに。
これはこれで素敵ではある。普段分厚いローブの下にこんな鍛えられた身体が、と思うと頬が火照ってくるのが分かった。
「……何だ」
「いえ……」
じろじろ見ていたのを不快に思ったのだろう。マシューは髑髏を模した飾りがついた黒い肘掛椅子から立ち上がり、壁から足枷で繋がれているエミリーの前に歩いてきた。少し踵の高い黒い皮のブーツが冷たい石造りの床を踏み鳴らす。
「泣くなり喚くなりしたらどうだ?俺は魔王らしいからな。明日にもお前を食らうかもしれないんだぞ」
「食べませんよね?」
「さあな。俺の気分次第、といったところだ」
蹲るエミリーを見下ろし、腰を曲げて顔に手を伸ばした。
「やっ……」
顎を掴まれ上を向かせられる。赤い瞳と視線が絡んだ。
「ほう……そうだな、しばらく食うのはやめておこう」
――やっぱり食べられるのか。
目の前のマシューは明らかにファンタジーの魔族のようだ。同じく剣と魔法の世界でも、『とわばら』の舞台であるグランディアには背中に翼のある者はいない。
「食べな……っ、んんっ……」
食べないでと言おうとしたエミリーの唇が塞がれる。
――夢の中なのに!何なの!これ!
自分の願望がこの物語を生み出しているとしたら……。恥ずかしくて姉達には教えられない。
唇を離して、マシューはフッと微笑んだ。
「……甘いな。癖になりそうだ」
「味見……?」
――こんなエロ魔王、マシューじゃないっ!
◆◆◆
「魔王討伐って言ってもさ、どうやって行くんだ?」
冒険者ギルドの前でキースを待ちながら、四人は立ち話をしていた。
「魔王の城は海を隔てた小島にある。強大な魔力が全体を覆っているから、転移魔法で行くのは無理だ。船に乗るか、地下迷宮を通るか……」
レイモンドが話すのをアリッサが瞳をきらきらさせて見ている。
「レイ様、素敵。夢の中でも博識でいらっしゃる……」
「話聞いてた?アリッサ。地下迷宮だなんて、アリッサが通れるわけないじゃん。すぐにどっか行っちゃうよ」
「ううう……」
「では、移動手段は船になるな。先に王城へ行き、魔王討伐隊として認められなければならない。もう一人……キースと言ったか、彼が到着次第、王都へ向かおう。多少は戦闘訓練にもなるだろう」
この四人では必然的にレイモンドがリーダーだった。回復魔法が使える神官風衣装の魔法使いなのに、だ。
「王城に行ったら、誰が勇者だって言うの?」
「見た目だけならアレックスがいいと思う。ね、どお?」
「俺?……いやあ、照れるな。ジュリアが言うなら……」
「嫌なら無理にならなくてもいいぞ」
「な、なりますなります!俺、勇者で」
恐ろしいほどに荷物を背負ったキースが到着したのは、日が陰ってきた頃だった。
「す、すみません。準備に手間取ってしまって」
「いいけどさ、その荷物全部持ってくの?」
大きなリュックサックの上にはピクニックシートのようなものが丸めて結わえてあり、左右の肩紐には何が入っているのか巾着袋が複数吊るされている。
「魔法薬と薬草と地図とテントと……あとは僕の着替えです」
「着替え?」
「そっか……気づかなかった……」
ジュリアとアリッサは顔を見合わせた。夢の中であっても、時間が経てば着替えをする。暗くなってきたら宿にも泊まるかもしれない。自分達には十分な旅支度はなかった。
「王都に行けば様々なものが買えるだろう。今日のところは次の町まで行き、宿を取ろう」
キースが持っていた地図を広げ、レイモンドが指示を出した。
今晩頑張って閑話を完結できたらと思っています。




