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悪役令嬢が四つ子だなんて聞いてません!  作者: 青杜六九
学院編 7 学院祭、当日
368/616

219-2 悪役令嬢は目覚めさせる(裏)

【セドリック視点】


自我が戻ったのは突然だった。

それまではどこかぼんやりした世界の中で、皆が言うことを聞いて、アイリーンを褒めるだけだった。自分の口から出ていく言葉なのに、他人の言葉のように感じている。

――アイリーンは、……僕の何だ?

「……笑っちゃうわよね、こんなセドリック様を好きになっていたなんて」

マリナの可愛らしい唇が、僕のそれと重なって、押し付けるような不器用なキスをされていると気づいた時、頭の先から何かに打たれたような気持ちだった。

「好……き……?君が……僕を?……んっ」

彼女が僕を好きだと言っている。状況を把握するのに頭が追い付かない。

僕を好きなマリナを僕はどう思っているのか。願う瞳に見つめられ言葉に詰まる。

「……僕、は……アイリーンを……」

どう思っている?

好きなのか?……答えは否だ。

言葉を続けようとした時には、マリナは生徒会室からいなくなってしまっていた。


「おい!セドリック」

背中に呼びかけたレイモンドを無視して、僕はマリナを追いかけた。

今、追いかけなければいけない気がした。

『廊下は絶対走らない』がモットーだと聞いたような気がするが、すでに姿が見えないところを見れば、走って行ってしまったのだ。


『教えてくださいませ。セドリック様はアイリーンがお好きなのですか?それとも、……私?』


不意に彼女の言葉が脳裏に甦る。僕は何と答えたのだろう。

涙を流している彼女に、冷たい言葉を投げつけていた。

ごめん。マリナ。

謝っても許してもらえそうにないけれど、僕は君に愛想をつかされたくない。

簡単に騙される弱い僕でごめん。

心の中で何度も何度も謝りながら、僕は彼女の姿を探した。


   ◆◆◆


廊下の曲がり角を直進しかけて、曲がった先にマリナを見つけた。僕は危うく転びそうになって壁にぶつかった。

痛い。間違いなく痣になりそうだ。

でも、マリナはもっと心を痛めたはずだ。こんなのは痛みの内に入らない。

思いがけず大きな音がしてしまった。マリナが驚いてこちらを向いた。潤んだ瞳が震えている。

「よかった!探したよ……」

半ば駆け足で彼女に近寄り、腕の中に閉じ込める。


戸惑ったマリナは僕の胸に手を当てて、上目づかいで見つめてくる。ああ、なんて可愛らしいんだろう。彼女が学院に入学してきてから気づいたが、一年会わない間に僕らの身長差は頭一つ分以上になっていた。抱きしめると彼女の顔が僕の胸に埋まる。

「セドリック様?」

僕を信用していない顔だ。あんな目にあった後だ。無理もない。

マリナが何か言いかけたが、僕は夢中で彼女を抱きしめた。背中を撫で、流れる銀髪を撫で、制服の布越しに仄かに感じるマリナの体温に酔いしれた。

「ごめんね、マリナ、僕は最低だ」

「は……」

混乱している。そうだよね。

マリナはまだ、僕がアイリーンに誑かされたままだと思っているのだ。

「君につらい思いをさせて、泣かせて」

思い出しただけで胸が千切れそうだ。あんな姿は僕の本意ではない。時を戻す魔法があったら、あの時に戻ってやりなおしたいくらいだ。僕が時空を超えられるなら、あの時の僕をボコボコにしてやりたい。

「どんな罰でも受けるよ。だから」

マリナにボコボコにされるのもいいかもしれない。

……かもしれない?いや、かなりいい。

マリナが得意な風魔法で切られるより、平手打ちされる方がいい。一度叩かれたら、二度目は彼女の手を掴んで、そっと手の甲に口づけて……。

はっ。いけない、つい妄想してしまった。


「好きだと言ってくれたマリナの気持ちに応えたいんだ」

正直に言うと、『応える』だけでは物足りない。マリナが僕を想う以上に愛したい。

「記憶が戻ったんですか?」

マリナは何度も瞬きをしている。やはり信じられないものを見た顔だ。

アイリーンの魔法がどうやらキスで解けたらしい。僕も半信半疑なんだよ。

「……実を言うと、曖昧なところがあるんだ。記憶を消されたのだとしても、必ず取り戻してみせるから、僕に君を愛させてほしい」

学院祭の後夜祭の記憶がおぼろげだ。実行委員に呼ばれて廊下に出たところで、僕はすでにアイリーンの魔の手に堕ちていたのかもしれない。ダンスの記憶はない。

記憶力には自信があるから、マリナと過ごしたこの数年の記憶は全て覚えていたのに、アイリーンに都合が悪い記憶、つまりマリナと愛を育んできた大切な記憶が抜け落ちている。

「……っ、し、信じられません」

信じてもらわないと困るな。

どうしたら信じてくれる?

「君から初めてキスしてくれたよね。嬉しかったよ。途中でキスしてるって気づいて、幸せすぎて死ぬかと思ったよ」

いつも僕からキスするときは、心の準備ができていたけれど、マリナのペースに呑まれるのも新鮮だった。ドキドキが二倍になったような気がした。

マリナにキスされるのはいい。

お願いしたら、またキスしてくれるかな?

お願い……の前に、僕が正気に戻ったって証明しないといけないよね。

「今からたっぷり、信じさせてみせるから、ね?」

嬉しすぎてニヤついてしまった。

マリナが僕を好いてくれているだけで高揚感が押し寄せる。興奮して鼻の奥がツンとなり、僕は少し顔を上げた。……大丈夫だ。鼻血は出ない。

改めてマリナのアメジストの瞳に見入る。腰を抱き寄せて柔らかな銀髪を弄んだ後、白い頬を撫でる。


「逃げないで」

僕から逃げ出そうと身体を捩ったマリナを壁と腕の中に囲い込む。

逃げ場がなくなったマリナは、まるで小動物のように震えて、

「セドリック様、何か、怖い……」

と呟いた。女王然とした様子が微塵も感じられない。

「嫌だな、怖くないよ?」

マリナから『怖い』なんて初めて言われたな。怯える彼女も美しい。

どんな表情も僕を惹きつけて離さない。

「……いっぱい優しくするよ?君の気持ちが分からなくて遠慮していたけれど、もう遠慮は要らないよね」

今まで遠慮していたのか、って訊かれたらどうしようか。

遠慮していたつもりはないけれど、マリナに嫌われないように嫌われないように……ってそればかり気にしていたと思う。

「僕が他の女子に目移りしないように、マリナは僕を虜にしてくれるんでしょう?」

目移りしないだろうね。一応脅してみただけだよ。

……ああ、そんなに顔を真っ赤にして、僕だけを見つめている。

「そんなこと言っていませ……」

抗っても無駄だよ。

僕はすかさずマリナの唇を奪う。小さな唇から吐息が漏れる。

誰も通らない夕暮れ時の廊下で、僕は最高の幸せを感じていた。


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