213 悪役令嬢は『悪役令嬢ドレス』に沈む
「控室からお一人ずつお呼びします。五位のペアから順に入場し、最後に一位のペアが会場に入ったところで、音楽が始まりますのでダンスを始めてください」
控室は男女別だった。ダンスホールとして使うために、講堂の椅子は片づけられ、段差もない大広間に変わっている。マリナ達と入れ替わりに生徒達が駆け込んできて、更衣室付きの侍女に手伝ってもらいながら着替えていた。
「皆喜んでたね。マリナちゃんのドレスが可愛いって」
「……うん」
マリナは沈んだままだった。『悪役令嬢のドレス』を着ていると気づいてからは、後夜祭のダンスパーティーが確実に乙女ゲームのイベントで、自分を破滅に導くと思うと何もする気が起きなかった。
「元気出しな!今夜もアリッサの面白いダンスが見れるんだからさ!」
「酷いよ、ジュリアちゃん!私だって練習してきたもん!」
「そーお?殿下の誕生パーティーの時、レイモンドが可哀想だったよ」
「……あの男がよくキレなかったな」
にやり。
「……愛の力?」
エミリーは思わせぶりな視線を投げた。アリッサが頬を手のひらで押さえる。
「照れちゃうから言わないで」
「結果が知らされてないもんな。私、アレックスが優勝したとは思えないんだよね。学院長先生の歴史クイズ、マジで分かんなかったし」
「優勝は王太子様だと思うの。レイ様は殿下に優勝を譲って……」
「……何それ」
「私の予想」
「あ、そ」
「第五位、マリナ・ハーリオンさん、廊下へ出てください」
「……」
「マリナ!」
「……っ、あ、はい!」
椅子から立ち上がり、マリナは心ここにあらずといった様子で、部屋の外へ出ていった。
◆◆◆
「な、んで……マリナが……」
講堂前の廊下で待っていたアレックスは、自分がエスコートする相手、ダンスの相手がマリナだと知って激しく動揺した。
「嘘だろ?マリナが五位だなんて。殿下もハロルドさんも、マリナが優勝だって言ってたのに!」
「予想は外れたようね。……エスコートしてくれるのかしら?」
アレックスがカクカクと頷いた。
「う、うん。……あー、絶対後で怖い目にあうよ」
セドリックは荒れるだけだが、ハロルドはじわじわと精神的に追い詰めてきそうだ。アレックスには悪いが、どちらかと組んでもう一人に嫉妬されるよりマシかもしれない。
「よろしくね。ダンスはジュリアほど上手に踊れないわ。ほどほどにしてよ」
「ああ。無理はさせないから、任せろ」
ダンスのリードが独りよがりになりそうだな、とマリナは心配した。
◆◆◆
「……帰る」
廊下で待つレイモンドの姿を見るなり、エミリーは踵を返した。
「おい。人の顔を見て逃げるとは、失礼な奴だな」
冷酷な眼差しに負けないように、エミリーはアメジストの瞳で睨む。
「どうして……黒い服なの?」
「キースに色を変えさせた」
自分の暗い紫色のドレスにはところどころ黒が使われており、黒に紫の刺繍があるレイモンドの服と、まるでお揃いにしたように見えてしまう。
「お互い、四位だとは知らなかったんだ。俺はお前のドレスに合わせたつもりはない」
「知ってる」
「一曲踊るだけだ。問題はないだろう?……それとも、ダンスが下手なのか?」
クッ、と口元に手を当てたレイモンドが笑った。エミリーのなけなしの闘争本能に火がつく。
「その言葉、そっくり返すわ。あなたこそ、アリッサを隠れ蓑にして、ダンスのリードが下手なのを誤魔化しているんでしょう?」
「何だと?」
緑色の瞳が怒りの色を帯びる。レイモンドはエミリーの手を取った。
「やだ。……放して」
「下手かどうか、試してみてから言うんだな。……不用意な発言を後悔するがいい」
低い声にエミリーの背筋が凍った。
◆◆◆
「ええっ……リオネル様、三位だったの?」
「ごめーん、アリッサ。こっちの流行歌なんて知らなくて」
リオネルは白を基調とした正装をしている。王子らしく勲章をつけている。美少年ぶりが板についているせいか、自然にアリッサをエスコートした。
「お支度大変でしたでしょう?」
「まあ、正装するからって理由で、別室で着替えられたから。ところで、女子の順位はどうだったの?男子はマリナを巡った争いだったんだ」
「王太子様とお兄様、ですよね?……二人ともがっかりするだろうなあ。マリナちゃん、五位だったんです」
「そっかー。アレックス、大丈夫かな……」
◆◆◆
控室に残されたジュリアは、アイリーンのドレスを見つめていた。マリナと同じく青のドレスだが、高級感はかけらもない。王都の仕立て屋で売っている既製品なのだろう。身体のラインに合っていないようだ。制服の時には感じなかったが、随分と胸を強調したドレスだと思う。攻略対象を色気で誘惑しようとしているのか。
「金色のドレスだなんて、殿下の色を身につけるとは失礼でしょう?」
「じゃあ、あんたの青いドレスだって、セドリック殿下の目の色だ。失礼なのはお互い様だろう?」
「マリナさんも失礼よね」
「マリナが青を着るとセドリック殿下が喜ぶからいいの」
――アイリーンが着たって、殿下は喜ばないだろうね!
「金色のドレスが下品でけばけばしいのには変わりないわ」
「胸元が開いたドレスの方が、よっぽど下品だと思うけどね。てっきり娼婦の服かとおもっちゃった」
「んまあ!」
言い争う二人に、実行委員が声をかけ、アイリーンは嬉々として廊下に出ていった。




