210 悪役令嬢は捨て身のジェスチャーをする
ジュリアの快進撃は一瞬だった。
その後の問題には、ジュリアもアイリーンも沈黙したままで、出題する学院長が困っている有様だった。
「アイリーンも授業中寝てるからな」
「簡単な問題なのに……」
「アリッサにとっては簡単で、すらすら答えが出るでしょうけどね。次の問題よ」
「川の流域の住民が、水利権を巡って争ったことに起因する、グランディア王国を南北に二分した騒乱を何と言うか」
学院長は渋々次の問題を出した。
ジュリアとアイリーンは、ぽかんと口を開けて魔法球に手を伸ばそうともしない。本気で分からないのだ。白熱した好試合だったらしい男子の部とは大違いで、会場は静まり返っている。
「……意味わかんない」
「エミリーちゃん……知らない?ゴルラディアの乱だよ」
「知らない」
「ゴルラディアっていうリーダーが……」
「説明はいいわ、アリッサ。答えをどうにかしてジュリアに教えないと……エミリー、風魔法はまだ使えないの?」
「強くはかけていないけど、決勝が終わるまでは効果が続く」
「そう……となると、ジェスチャーしかないわね。ゴルラディア……」
アリッサがゴルフのスイングの真似をした。ジュリアを見ると、伝わらなかったらしく首を捻っている。
「ダメね」
「ジュリア、そもそもこの言葉しらないんじゃない?ゴルなんとか」
「ゴルラディアだよ。ゴルフから連想しない?」
首を振ったエミリーが、ジュリアに向かってスナイパーのようなポーズをとる。
「それって……」
「ジュリアちゃんに分かるかなあ……あ、ほら、分かってないみたい」
「……仕方ないわね。二人とも、覚悟が足りないわ!ジェスチャーは相手に分かるようにやってなんぼなのよ!」
腰に手を当てて上から目線になったマリナが、バッと前傾姿勢になった。
「マリナちゃん……まさか……」
腕をだらんと垂らし、床について時折四足歩行のようになり、立ち上がっては胸を拳で叩いた。鼻の下を伸ばした顔は、令嬢としてとても人に見せられるものではない。
「ゴリラ……」
エミリーが呟いた。壇上のジュリアはマリナの動きに唖然としている。
「驚くよねえ……」
「没落死亡エンドに比べたら、ゴリラの真似くらい何でもないわ!」
マリナは息巻いた。
「えっと……」
――何なの?アリッサは箒で掃除していたし、エミリーは何かねじってた。
ねじる?掃除でねじる……雑巾?それとマリナの猿の真似がどうつながるの?
猿が掃除?ん?猿じゃないの?もしかして、ゴリラってこと?
掃除?ゴリラが掃除?綺麗好きのゴリラ……ああ、もう!全然分かんない!
ジュリアは頭を抱えた。
銀髪を掻き毟ると、隣の席のアイリーンがぎょっとしてこちらを見ている。アイリーンも姉妹のジェスチャーを見ていたようだが、答えは分からないらしく答えようとしない。
そもそも、問題が出てから一度も魔法球を押していない。
本当に答えが分からないからなのか、何か理由があって戦いを放棄しているのか。
「一回くらい答えたら?」
「問題が難しくて分からないのよ」
アイリーンは愛らしい丸い瞳を細めて、困ったようにうふふと笑った。
「ふうん」
ジュリアは何とも言えなかった。一点だけ取った自分が勝っているものの、後味がいい勝ち方ではない。
「本当に分からないの?一問も?」
「私が分からない方が、あなたには都合がいいでしょ?」
手短に答えたアイリーンは、司会者を向いて手を挙げた。
「すみません!」
「どうしました、アイリーンさん」
「問題が難しくて答えられないので、私、棄権します!」
――何だって!?
驚いたのはジュリアだけではない。席で見守っていたマリナ達も含めて、観客全員がざわめいた。
「戦いを諦めるのですか?」
「はい。優勝はジュリアさんに譲ります」
◆◆◆
男子更衣室では、セドリックとレイモンド、アレックス、それからハロルドが着替えていた。リオネルはアスタシフォンから来た来賓に用事があると、後から着替えることにしたらしい。真相は、女だとバレる可能性があるため、男子更衣室で一緒に着替えられないからだが。
各々寮から侍女に着替えを持ってきてもらっている。手伝ってもらいながら着替えて、セドリックは三人を見た。
「えっ……」
「やっと気づいたか。俺も驚いたが……」
「皆銀糸で刺繍のある白い上着、ですね……。私はマリナの髪の色に合わせたつもりですが」
ハロルドは申し訳なさそうに眉を下げた。ハーリオン家の侍女には、マリナと揃いの衣装にしてくれるように頼んだ。その結果がこれである。
「俺はジュリアの髪に合わせて」
「皆銀髪だから、どうしてもこうなるんだね」
「形は異なっていても、クラヴァットを留めているのはアメジストのようだな。どうするんだ?これから着替えるか?」
「劇の衣装も、昨日のうちに寮に戻してしまったよ?」
「時間もあまりありませんし、このまま……ということになりますね」
「俺はいいと思うけど……」
アレックスがぼそりと呟き、レイモンドが厳しい視線を送る。
「男と揃いの衣装を着てもいいなんて思えるのは、お前が騎士団志望だからだろう?俺は我慢がならないぞ」
「あの……」
四人の会話にそっと入ってきたのは、ヴィルソード侯爵家の侍女エレノアだった。
「お話中、大変申し訳ございません。……私に一つ、いい案がございます」
「本当?」
セドリックが笑顔を輝かせる。
「アレックス様、よろしいでしょうか?」
「エレノアの案を聞いてみたいのだけど、いいですか?殿下、レイモンドさん、ハロルドさん」
三人が頷く。アレックスはエレノアに話の続きを促した。




