206 悪役令嬢はタコ踊りをする
「音楽が聞こえる……」
控室で待っていたアリッサが聞き耳を立てた。
「拍手?手拍子かな」
「何をしているのかしら?」
マリナが腕組みをして首を傾げる。
「歌のテスト?……うわ、絶対嫌」
そわそわしている四姉妹とは対照的に、アイリーンは落ち着き払った様子で椅子に座って脚を組んでいる。
――また何か仕掛けてくるつもりかしら?
じっと見つめると視線が合い、余裕の笑みでを向けられて慌てて目を逸らす。
「……何かしら?」
「別に。……ほら、終わったみたいよ」
実行委員がマリナ以外の四人を案内する。ジュリアとエミリーが先に部屋を出て、少し遅れたアリッサの後をアイリーンが追い、部屋の出口で躓いた。
「キャッ」
「あっ……」
バランスを崩してアリッサに縋りつこうとする。
――ダメ!
瞬時に立ち上がったマリナは、アイリーンがアリッサに触れる前に、二人の間に滑り込んだ。アイリーンを助ける格好になる。
「……大丈夫ですの?」
言葉だけは心配する素振りをみせる。
「え、ええ……ありがとう」
礼を言うのが気まずいのだろう。アイリーンはマリナを見ようとしなかった。
二人が話している間にアリッサはステージへ向かっている。マリナは胸をなで下ろした。
◆◆◆
男子の部の第二ラウンドを終えた四人は、アレックスが待つ控室へと戻って来た。
「お帰りなさい!どう、どうだったんですか!」
暑苦しくがぶり寄られてレイモンドが迷惑そうに眉を顰めた。
「どうもこうもない。異国の音楽に合わせて、勝手に踊れと言われた」
「へえー。ダンスですか。俺そういうのだったら楽勝だったのになあ」
「残念だったねアレックス。君にも見せたかったよ、レイモンドの……」
「セドリック!」
にやにやしている王太子をレイモンドが一喝する。眉間に皺を寄せて眼鏡を上げる。
「じゃあ、レイモンドさんが負けたんですか?」
「……まったく、不本意極まりないがな」
「ホント、傑作だったね。あれ」
リオネルが大ウケで手を叩いている。ハロルドが控えめにくすくすと笑う。
「独創的でしたから、先生方には理解が及ばなかったのでしょうね。ありきたりな私の踊りより余程……」
「余計な世辞は不要だ、ハロルド。負けは負けだからな。それに、女子はおそらくアリッサが負けるだろう。俺は後夜祭でアリッサとペアが組めればそれで構わん」
「女子の結果が分からないから、僕らも対策が立てにくいよ。……ね、リオネル。君がアイリーンと組むようにすればいいんだよね?」
「うん。卑怯な手で勝ち残ってると思うんだ。僕は決勝まで行くよ!」
握りこぶしを作ったリオネルは、瞳に強い意志を漲らせていた。
◆◆◆
「は……?」
エミリーが無表情を崩さずに驚く。
「これに合わせて踊れっての?テンポ速くね?」
ジュリアが司会を向いて尋ねた。司会の実行委員が頷く。
「アリッサ、大丈夫?」
隣に立っているアリッサが、真っ青な顔でフリーズしている。
「ダンス……自由に踊るなんてできないよぉ」
既に瞳が潤んでいる。今にも堰が決壊しそうだ。
「では、用意、始め!」
激しい音楽が講堂に響く。太鼓と鐘の音が民族音楽らしさを出している。
アリッサにとって鬼門のダンスが、さらに高度化して課題として立ちはだかっている。自分の手に負える難易度ではないが、レイモンドは難なくクリアしているに違いない。
「レイ様……」
胸元に手を組み、神に祈るような形になる。
……と、アリッサは突然その場に膝をついて座った。
――え?何やってんの、アリッサ!?
隣でブレイクダンス風の踊りを始めていたジュリアが血相を変えた。危うく自分の踊りが疎かになるところだった。
数小節間祈ったかと思うと、アリッサは両手を上げ、一気に床へ下ろした。
――ど、土下座!?
ジュリアの向こう側でエミリーがタコ踊りをしながら顔を引き攣らせる。二人の心配をよそに、アリッサは大真面目で土下座……神への祈りを続けた。
「終了!」
曲の終わりと共に合図が告げられる。
軽く汗ばんだジュリアは、息を切らし妹を見た。アリッサは土下座の姿勢のまま、手を床につけて固まっている。
「終わったよ、アリッサ」
腕を掴んで立たせると、アメジストの瞳がナイアガラの滝状態で涙に濡れていた。
「……ダメ……私、負けちゃった。レイ様と踊れないよぉ……」
「まだ結果は分からないじゃない。審査はダンスの先生方なんだから」
「そう。……私も勝てた気がしないし」
エミリーが淡々と告げた。これでも姉を励ましているつもりだ。アイリーンはじっと客席を見つめて、可愛らしく作り笑いを浮かべている。たいした踊りはできていなかったが、少なくともアリッサとエミリーよりはマシに思えた。勝った気でいるようだ。
「審査の結果が出ました!先生、お願いします」
「では、発表します。一位は審査員三人、全員一致でジュリア・ハーリオンさん。新しい踊りでしたが、曲に合っていて素晴らしい。二位は、我が国のダンスを織り込んで踊ったアイリーン・シェリンズさん。三位は、これは悩みましたが……」
ごくり。
アリッサは意識せずに唾を飲みこんでいた。エミリーと視線が絡み合う。
「この曲は古代神へ祈りを捧げるものなのです。よって、曲の主題に合っていたアリッサ・ハーリオンさんです。……エミリーさんは、滑らかな動きで踊ってくれましたが、残念でした」
――何だってえ!?土下座に負けたの?私。
表情を変えずにエミリーが驚愕した。内心は顎が床まで落ちている状態だ。
「すごいじゃん、アリッサ!」
邪気のない笑いでジュリアがアリッサを祝福した。アリッサは頬に両手を当て、嬉しそうに俯いた。




