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悪役令嬢が四つ子だなんて聞いてません!  作者: 青杜六九
学院編 7 学院祭、当日
353/616

205 悪役令嬢と放たれたボール

「ジャグリング……」

渡されたボールをじっと見て、エミリーはにやりと口の端を上げた。

「いいなあ、エミリーちゃんは得意だよね……」

女子の部、第一ラウンドも男子と同じ課題だ。ボールの数も同じである。

ジュリアは厳しい顔をして姉妹を見た。器用さにかけては自信が全くなかった。アリッサは何でも器用にこなす方だし、マリナはジュリアよりずっと器用だ。アイリーンはどうか分からないが、このメンバーではどう考えても自分が一番不利だった。

「落ち着け、平常心、平常心だ……」

ぶつぶつお経のように唱えていると、アリッサが心配そうにこちらを見ている。自分のことより姉を心配するなんて余裕だなとジュリアは思った。


マリナはボールを渡されてから、自分の手がうまく動かないことに気づいた。掴んでいるのかいないのか、皮膚の感覚がない。力も入らないのだ。

――これ、まさか……。

『お手柔らかにお願いしますわね』と笑ったアイリーンの顔を思い出す。あれが原因かもしれないが、確証はない。下手に責めたら悪役令嬢そのものになってしまう。

「マリナちゃん?」

「……何でもないわ。頑張ってね、アリッサ」

「うん。マリナちゃんもね」

屈託なく微笑む妹に、苦笑いを返すことしかできない。

「皆さん、ボールは渡りましたか?……では、用意、始め!」


魔法球を弄ぶ時のように、涼しい顔ですいすいと投げて回しているエミリー。たどたどしくボールを投げては取り投げては取りしているジュリア。ゆっくりだが確実に軌道に乗せているアリッサ。マリナは三人を横目で見て、深呼吸を一つする。

――お願い!動いて、私の手!

掴んでいるのか不確かな指で、ボールを宙に投げる。想像以上の高度に飛び、会場からざわめきが聞こえた。舞台装置にぶつかって落ちてくるのを拾おうとするが、力の入らない指から零れ、ボールはコロコロと舞台の下へ転がって行く。最前列でフローラが両手を顔に当ててムンクの叫びのようになっているのが見えた。


「はい、終了!やめてください」

マリナはその場に頽れそうだった。

――嘘、私が初戦敗退!?後夜祭のファーストダンスどころじゃないわ!

「大丈夫?マリナちゃん」

「どっか調子悪いのか?」

「大丈夫だから、気にしないで。皆は次があるでしょう」

マリナを労る姉達の脇で、エミリーは瞳を眇めてアイリーンの背中を見つめていた。控室から出る時に感じた強いムスクの香りに疑念を抱かずにはいられなかった。

「第一ラウンド敗退は、マリナ・ハーリオンさん。……五人に拍手を!」


   ◆◆◆


講堂全体に響く拍手の音に、男子の控室にいた五人は顔を見合わせた。

「女子も終わったみたいだ。ああー、結果が気になるよ!」

リオネルが歯を食いしばって机をバンバンと叩いた。

「誰が負けたんだ?ジュリアか?」

眼鏡を押し上げながら、レイモンドがフッと笑いアレックスを見た。

「俺を見ないでくださいよ」

「お前ら、似たもの同士だからな。結果は読めているだろう」

「さあ、どうでしょうね。確かにジュリアは手先が器用ではありませんが……」

ハロルドが首を傾げる。途中で軽く悲鳴のようなものも聞こえたが、あれはなんだったのだろう。

「マリナはきっと一位通過だよ。後夜祭のファーストダンスを一緒に踊ろうって、僕と約束しているからね」

「おや、そのような話があるとは、知りませんでしたよ。ダンス用のドレスは私の服と色を合わせるように、当家の侍女が手配しているはずですが」

「普通は婚約者である僕と合わせるだろう?」

「殿下はマリナの『婚約者』ではいらっしゃいませんよね?マリナはあくまであなたの妃『候補』なだけで」

「『候補』が一人なんだから、婚約者だろう?」

「これから増えるかもしれない『候補』の一人だと、当家では認識しておりますが」

セドリックとハロルドが言いあっている傍に立ち、実行委員が所在無げにしている。

「あの……」

言いかけて口をつぐんだのを見て、レイモンドがパンパンと手を叩いた。

「おい。二人とも。出番だぞ」

「そうそう。早くしないと置いてくよ?不戦敗になるけど」

リオネルが悪戯そうに笑った。


   ◆◆◆


「第二ラウンドは……こちら!」

司会の生徒が示したのは、ステージの下、最前列の席との空間だった。

「あれは……」

ハロルドが息を呑んだ。男女がダンスの姿勢で組んでいる。

「ダンスか?」

レイモンドが呟く。アリッサには難しいのではないだろうか。自分はここでさり気なく敗退するようにしようと、周りの様子を覗う。ハロルドもダンスは不得意だろう。

「どこの音楽!?」

リオネルが耳の後ろに手を当てて、音を聞こうとする。耳に馴染のない音だ。

「僕も聞いたことがないな。外国の……それもかなり速い」

セドリックと顔を見合わせる。舞台の前ではダンスの先生方がきびきびとした動きで軽快なステップを踏んでいる。プロが必死の形相なのだ。自分達にできる芸当ではない。


「皆さんには、この異国の音楽に合わせて、即興でダンスをしてもらいます!模範演技の先生方は男女で二人一組でしたが、組むと難しいのでお一人で踊ってください」

「ひ、一人だと!?」

驚いたレイモンドがこめかみに青筋を立てた。流石の彼でも動揺したらしい。

「四人同時に踊りますが、踊るのはそれぞれになります。評価はダンスの三名の先生方が判定します」

「うわー。『創作ダンス』って、こっちの世界でもやると思わなかったなあ……ってか、これってダンスバトル?」

苦虫を噛み潰したような顔でリオネルが呟く。

「リオネルはやったことがあるの?」

「え?……んー、どうだったかな」

曖昧な返事で誤魔化す。緊張していないセドリックが一番強いのではないかとリオネルは思った。


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