204 悪役令嬢は『みすこん』に挑む
昼休み終了の鐘の音と共に、グランディア王国初の『みすこん』の幕が開けた。
先に男子の審査、第一ラウンドが行われる。開始宣言の後、マリナ達は観客席から別室に案内された。向かった先はステージ裏の控室だった。
「控室?どういうことですの?」
アリッサのマネージャーを自認するフローラが、実行委員の二年生に問いかける。フローラ自身も実行委員なのだが、普通科の展示の担当だったため『みすこん』の準備には関わっていない。流れがつかめていないのだ。
「男子と女子と、交互に審査を行うのですが、審査の内容が分からないように部屋に入っていていただきます。事前に分かると有利になりますので」
「男子と女子の審査の……つまり『お題』は同じってこと?」
ジュリアが聞き返す。
「そうです。五人ずつの出場者のうち、誰か一人でも『お題』を知ってしまったら、予習できるかもしれませんよね。というわけで、部屋から出さないようにと、ベイルズから言われているのです」
「ベイルズ……」
「マックス先輩のことよ。ほら、生徒会の」
アリッサがジュリアに耳打ちする。
「ああー。生徒会メンバーで出ていないのって、あの人とキースくらいだもんね」
実行委員に見張られ、控室に閉じ込められていたマリナ、ジュリア、アリッサのところに、アイリーンが白々しい微笑を浮かべて現れたのは、それから間もなくのことだった。
「まあ、皆さん、お早いお着きですのね。やる気満々といったところかしら?」
「集合時間は過ぎているわ」
マリナが淡々と受け流した。
「誰かさんは裏工作に忙しくて遅くなったのかな」
ジュリアが嫌味を言うと、アリッサが袖を引いて頭を振った。ダメ、と言いたいらしい。
「出場者はあと一人ですね。三年生の先輩ですよねっ」
アイリーンが声を弾ませた瞬間、控室のドアが開いた。
「……エミリーちゃん」
「遅くなった。……私が出るしかないみたい」
「何かあったのかしら?」
にっこりと微笑んだアイリーンを鋭い眼差しで睨みつけ、
「自分の胸に手を当てて考えてみたら?」
と低い声で言った。
「わたくし、男子の審査を見て参りますわね」
部屋を出ようとしたフローラを実行委員が呼び止める。
「フローラさん、客席に戻ったらもう、控室には来ないでね。情報提供になってしまうから」
「お友達でもいけませんの?」
「いけません。客席で応援してください」
「あなた、優しそうな顔して結構頑固ですのね」
「拗ねても変わりませんよ。ほら、行った行った!」
実行委員はフローラを追い出し、ドアを閉めて再びマリナ達に向き直った。
◆◆◆
舞台の上では、男子の第一ラウンドが始まっていた。
「第一ラウンドの選考課題は、『ジャグリング』です!」
司会の実行委員が手で示した方を見ると、男子生徒が三つのボールを順に放り投げて器用に回している。
「一人に三つずつ、この小さなボールを渡します。『始め』の合図の後、放り投げた回数が一番少なかった人が負けになります!」
セドリックはボールを渡されてきょろきょろしている。殆ど経験がないのだ。対してハロルドは渡された直後にボールを軽く投げて感触を楽しむ余裕がある。レイモンドも落ち着いた様子だった。
……そして。
ボールを持ったまま微動だにしない者が二名。隣り合って立っていた。
リオネルは自分の不器用さを呪っていた。後夜祭でアイリーンとペアになるように、初戦敗退だけは免れたいと思っている。だが、こういう手先を使う遊びはあまりしたことがない。木刀を持ってルーファスを追いかけ回していた記憶しかない。
アレックスはボールを投げる手加減が分からないでいた。市場の近くの芝居小屋で大道芸がかかり、ボールを投げている芸人を尊敬の眼差しで見たことはある。自分でもできるのではないかと、邸で果物を放り投げてみたが、窓にぶつかってぐしゃりと潰れてしまった。投げる方向と強さが問題なのだ。
「皆さん、ボールは渡りましたか?……いいですね。では、用意、始め!」
ゆっくりではあるが確実に回数を重ねるセドリックとレイモンド、それより少しだけペースが速いハロルドの手さばきに、観客はわあっと歓声を上げた。
「うぉっと!」
リオネルがボールを床に転がし、慌てて拾った。
「ああっ……」
アレックスが右手で投げたボールが客席に飛んでいき、続行不能になった。
「はい、終了!」
司会が無慈悲に言い、アレックスは項垂れた。
「アレックス・ヴィルソード君の敗退です。頑張った五人に温かい拍手を!」
会場から拍手が贈られる。泣きそうに肩を震わせたアレックスの背中をリオネルが叩いた。
「気にするなよ。ジュリアも五位かもしれないだろ?」
「……そ、そうだよな。あいつも不器用だから……」
◆◆◆
「あ、男子が終わったようですね」
会場から聞こえてくる拍手を合図に、実行委員は椅子から立ち上がった。
「彼らは下手から控室に下りるようですから、上手から上りますよ」
動線まで完全に分離されているのだ。マクシミリアンの徹底した仕事ぶりが随所に現れている。
「行きましょう」
「うん。私も頑張る!」
「よおし、やるぞ!」
「……」
エミリーが控室を出ると、アイリーンがそれに続く。あっという間にジュリア達を追い越して、マリナの横に進み出た。
「お手柔らかにお願いしますわね」
と不意にマリナの手を取って微笑む。細められた瞳にどことなく蛇が這うような気配を感じて、マリナは一瞬目を瞠り、すぐに手を振り払うと、
「皆ライバルですから、本気を出して勝負いたしましょう」
とアルカイックスマイルで応戦した。




