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悪役令嬢が四つ子だなんて聞いてません!  作者: 青杜六九
学院編 7 学院祭、当日
348/616

200 悪役令嬢は再試験を受ける

早朝。魔法科練習場に二人の人影があった。

「こんなところに呼び出して、何の用?……そもそも私、あなたのこと知らないんだけど」

剣技科三年の女王として君臨しているグロリアは、知らない相手にも堂々とした態度だ。茶色のブレザーから見える白いブラウスは、第二ボタンまで開けられている。

「今日の『みすこん』、辞退してもらえない?」

ピンク色の髪の知らない女子生徒は、魔法科の制服を着ている。リボンの色からすると一年生のようだ。

「へえ。あなたがあの『アイリーン・シェリンズ』なのね。私が棄権するって噂を流した犯人、ってとこ?」

『みすこん』の辞退を迫るのは出場者だからだとグロリアは思った。自分以外は、銀髪紫目のハーリオン姉妹ともう一人しかいない。

「だったら何?辞退するの?しないの?」

大きな瞳をぎらぎらさせて自分を見る少女を見下ろし、グロリアは鼻先で笑った。

「そういう姑息な手で勝とうとする奴、私は大っ嫌いなんだよ。……だいたい、事前投票だって何か手を加えたんじゃないのか?」

「随分威勢がいいのね」

「辞退はしない。話はこれで終わりよ!」

踵を返したグロリアの背中に、アイリーンの可愛らしい声が冷たく響いた。

「まあいいわ。こっちには手札があるのよ」


「……手札?」

歩みが止まった。

「騎士になるために、清廉潔白でいなければいけないんでしょう?知られても構わないのかしら、あのこと」

アイリーンはくすくすと笑っている。

「あのこと?」

「下級貴族は大変よね。家族を養うためには、騎士になるか魔導士になるか。さもなければ身売り同然で嫁ぐか。あなたは騎士になりたいのよね。そうすればヒヒ爺の相手をしなくてもよくなるものねぇ」

「お前……何を……」

振り返ったグロリアは顔面蒼白だった。青い瞳が見開かれる。

「アスタシフォン留学生の歓迎会の頃だったかしら?味見をされたのは」

「や……やめろっ!」

「表向きは家族の病気、お姉さんが病弱なのは本当なのね。でも、あなたが帰ったのは実家じゃない。フォイア家にお金を貸しているある方のところに……」

「……だったら、何なの?」

グロリアは思わず腰に手を当てた。丸腰で剣はない。悔しさに奥歯を噛みしめる。

「剣技科の女王と呼ばれ、女騎士になると評判の男爵令嬢が、身体を売るような真似をしていると知ったら、皆面白がって噂するでしょうね。世俗の噂に疎いバイロン先生だって、あなたを見る目を変えるんじゃないかしら?」

「な……」

「あくまで私の推測だけど。職員室の前に学年末試験の結果が貼られていたのを見たわ。他の教科に比べて、アスタシフォン語だけは優秀な成績だった。普通科の生徒よりもね」

「まぐれよ」

「必死に勉強したのでしょうね。アスタシフォン語が得意なことを周囲には隠している。おかしいわね、隠す必要なんてあるのかしら?まるでそれが弱点みたいじゃない?」


グロリアは何も答えなかった。

強い北風が吹き、彼女の艶やかな金髪を乱した。

「辞退してもらえるわね?……剣技科の女王、グロリア先輩?」

アイリーンはわざと『先輩』をつけてゆっくりと話した。俯いたグロリアの顔を覗きこむ。雫がぽたりぽたりと敷石の上に落ちていく。

「どうして……こんなこと……」

「『みすこん』なんてあいつらを潰す絶好の機会よ。得体の知れないモブにうろうろされたくないのよね」

「もぶ?」

何を言っているのか分からないグロリアが呟く。

「うふふ。決心はついたかしら?……それとも、強制的に棄権させてもいいのよ」

アイリーンは右手に金色の球体を発生させた。次第に大きくなり、バチバチと音を立てている。

「魔法科練習場……お前、始めからそのつもりで……!」

「早朝練習につきあってくれない?『雷撃』の腕が鈍らないように」

光の球を高く掲げ、アイリーンは一気に腕を振り下ろした。


   ◆◆◆


転移魔法でエミリーが連れて行かれたのは、魔法科の教官室だった。マシューの個室ではなく、職員室のような部屋だ。奥から箱型の装置を持ち出し、マシューは机の上に置いた。

「魔力測定……?」

「そうだ。お前に試験を受けさせる。装置が壊されたから、魔道具屋から新しいものを取り寄せたんだ」

入学してすぐの魔力測定では、アイリーンが光魔法を暴走させて装置が壊れた。エミリーは生徒達を守ろうとして魔力を使い果たして倒れたため、試験は見送られていたのだ。

「結果を確認するのは、マシュー一人じゃダメでしょう?」

「心配ない。……間もなく来る。……ああ、来たな」

マシューが目を向けた先の空間が白く光る。

「転移魔法……」

やがて現れた人物は、金糸で刺繍がされた白いローブに魔導師団の制服を着ていた。赤紫色の髪は後ろできれいにまとめ、乱れた様子はない。

「ロン先生、体調は大丈夫なんですか?」

「心配かけてゴメンね?」

「……魔導師団に戻ったのか?」

「これまでと変わらず、医務室勤めよ。最近王立学院に事件が多いからって、捜査に当たる魔導士を常駐させることにしたんだって。あたしは兼任ってとこ。ホントはね、リックが来たがってたんだよ。あんたを心配して」

「……そうか」


マシューは魔力測定器に向き直り、おかしいところがないか調べた。

「立ち合いは俺達二人だ。エミリー、これに向かって魔力を放て」

「全力出していいの?」

「加減しろ。魔法石が全部光ったら止めていい」

「難しいわ。測定器が壊れるかも。それに、腕輪が……」

無言でエミリーの腕を取り、マシューは細い手首に触れた。

シャン!

腕輪が大きくなったかと思うと、するりと抜けてマシューの手に吸い込まれた。

「……どうなってるの?」

「一時的に外した。邪魔だろう?……後でつけて、消してやる」

腕輪を消す、と聞いて、エミリーの胸が高鳴った。

――またキスするんだわ。

「始めるぞ。ここに手を近づけて、意識を集中させるんだ」

手首を引かれて心臓が高鳴った。測定器に近づけさせるつもりのようだ。他意はないのに。

――いけない。集中集中!

エミリーは瞳を閉じた。頭の先から爪先まで、六色の光が駆け巡る。

ドウッ!

ガタガタガタ……。

机の上の魔力測定器が揺れた。側面についている魔法石が強い光を放つ。

マシューとロンは目を瞠り、互いに顔を見合わせた。


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