198 悪役令嬢と不眠の男
学院祭二日目は、講堂を使った発表と『みすこん』の日である。
「マリナ!アリッサ!起きて!」
四姉妹の朝は、ジュリアの腹式呼吸による発声で始まった。
「……ジュリア、まだ早いわよ。外が暗いじゃない」
「眠いよぉ……」
二人が眠い目を擦る。ジュリアは腰に手を当てている。服装も髪型も登校時のそれである。
「学院祭だって思ったら、目が冴えちゃってさ」
「寝つきはあなたが早かったわよ」
「一番先にぐっすりだったよ?」
「そう?……ほら、二人とも準備しなきゃ。今日は『みすこん』だよ」
ベッドに起き上がったマリナの背中をぽんぽんと叩く。
「気乗りはしないわ」
「アイリーンが後夜祭で殿下と踊ってもいいの?殿下の気持ちはどうでも、『踊った』って事実が殿下のルートのフラグかもよ」
「……そうよね。私達にとっての破滅フラグね」
「レイ様と同じ順位を取って、ファーストダンスを踊るんだから!ヒロインには渡さないもん!……でも、レイ様のダンスの相手が、マリナちゃんやジュリアちゃんだったら、……仕方ないかなあって感じ」
「アリッサが先に脱落したらあり得るもんね。アイリーンとリオネル様をうまく組ませられるように頑張ろう」
一人意気込んでいるジュリアに不安を覚えたマリナは、エミリーのベッドへ近づいて横たわる妹を揺さぶった。
「エミリー。魔力が回復していないところで悪いけど、起きて」
「……」
「起きて、エミリー」
「……」
「エミリーちゃんは起きないと思うよ」
「『みすこん』にも出る気ないって言ってたからね。劇も終わったし」
「エミリーも学院祭実行委員なのよ。堂々とサボるなんていけないわ」
もぞもぞと寝具が動く。
「……いけなくない」
「一緒に登校しましょうよ。ね?」
「エミリーは皆勤賞狙ってないしさ、別に起こさなくても」
寝室のドアが叩かれた。
「お嬢様方、起きていらっしゃいますか」
リリーの声だ。ジュリアの支度を手伝い、朝の仕事に取りかかっていたのだ。
「起きているわ。どうしたの?」
「エミリー様に至急お話があると、先生がいらっしゃって……」
「先生?誰かなあ?」
「決まってんじゃん、アリッサ。ここに来るなんてエミリーの彼氏じゃないの?」
ジュリアがにやりと笑った。リリーは肯定も否定もせず、
「魔法科のコーノック先生です」
と言った。
◆◆◆
ネグリジェから制服に着替えていないマリナとアリッサは、マシューの前に出るわけにいかず、皆を代表してジュリアが居間に出た。
「おはようございます」
「……おはよう」
とりあえず挨拶はしたものの、全く会話が続きそうになかった。
「先生のご用は何ですか」
「エミリーが起きてきたら話す」
「私達も知りたいな、なんて……」
にっこり。
作り笑顔全開だ。
「エミリーに話があるんだ。君にはない」
「ジュリアちゃんでも会話が続かないなんて……」
ドアをほんの少し開けて様子を見ていたアリッサが驚愕した。
「恐るべし魔王。ゲームでも最初はああなんでしょう?」
「そう。リセットするたびにエミリーちゃんがブチ切れてたよね」
「ああー。何回やっても魔王エンドで絶叫していたわね」
二人の後ろから、張り切ったリリーの声がする。
「さあ、今日は『みすこん』でしたね。お嬢様方を最高に美しく仕立ててみせますよ」
「……私、出ないし」
「いいえ、私が昨晩仕入れた情報では、一人棄権なさって」
「だから、それが私」
「出場されるのは当家自慢の四人のお嬢様と、男爵令嬢だとか」
「……は?」
自分が辞退して、ジュリアが出場することになったのではなかったか。
エミリーは耳を疑った。
「今日はいい天気ですね」
「……曇っているようだな」
「マシュ……コーノック先生は早起きなんですね。まだ外が薄暗いですよ」
「昨日から寝ていないからな」
――完徹かよ!
ジュリアはツッコミそうになった。黒髪で隠れている顔が見えず、やつれているのかすら分からない。
「何かあったんですか」
「……エミリーが来たら話す」
――またそれか。
早く支度を終えてきてほしいとジュリアが寝室のドアを見た時、銀髪を完璧にセットして制服を着たエミリーが無言で入ってきた。
「エミリー!」
叫んだのはジュリアではなかった。
隣の無表情男が立ち上がって駆け寄ったのをジュリアは口をあんぐり開けて見ていた。
「マシュー……ぶ」
背が高い黒いローブの魔導士がエミリーを抱きしめる。
「うわっ……」
「きゃっ……」
アリッサが頬に手を当てて真っ赤になっている。
「よかった……影響はないな」
マシューはエミリーの頬に掌を滑らせ、瞳を覗き込む。黒い瞳がふっと細められ、眉が下がる。
「昨日はすまなかった。行けなくて」
ぎゅ。
「……別に」
「治癒魔法を使ったのか……奇跡を起こす伝説の聖女のようだったと聞いた」
――聖女なんてガラじゃないわ。
「なのに、面白くなさそうな顔してる」
「お前の光属性の覚醒を呼んだのが、俺じゃないのが不満だ」
ぎゅ。
「……まぐれかもしれないし」
「一度覚醒したら、後は安定させるだけだ。授業が始まったら特訓するぞ」
微かに笑みを浮かべているマシューは、エミリーの特訓プログラムを脳内で思い描いてわくわくしているようだ。
「初めは簡単なところから。ああ、お前の指先から光が溢れる様を早く見たい……」
エミリーの手を取って口づけそうになる。魔法のことになるとマシューはすぐに箍が外れるのだ。
「コホン……先生、何か用事があったんじゃ?」
姉達とリリーが見ている。いい加減離れなければ。胸に手を当てて見上げると
「……まずいことになった」
頭の上から地を這うような低い声が降ってきた。




