197 少年剣士は『いちず』に想う
【アレックス視点】
今日の学院祭は大変だったなと思いながら、入浴後にだらだらしていたら、慌てた様子のエレノアが寝室のドアを叩いた。珍しいな、夜も遅いのに。
「何があった……って、レイモンドさん!?」
ドアを開けると、立っていたのは不機嫌そうなレイモンドさんだった。
背筋がビシッと伸びた……気がする。
「さっさと支度をしろ。セドリックの部屋で話がある」
「殿下が何かご用ですか?」
「いいから手を動かせ!」
レイモンドさんの緑の目が俺を睨んだ。
着替えて寝室を出ると、居間ではリオネルがエレノアが淹れた紅茶を飲んでくつろいでいた。
「支度できた?じゃ、行こうか」
「話って……」
「それはセドリック様の部屋に行ってからのお楽しみぃ」
にっと笑うリオネルは楽しそうで、どことなく緊張した顔をしていた。だから、俺も何となく緊張してしまう。
◆◆◆
殿下の部屋の奥、寝室で話を聞くことになった。話し合うというより、俺は聞いているだけだろう。そわそわして部屋の中を見ていると、
「落ち着いて、アレックス」
と殿下が優しく声をかけてくれた。いい人だよな。
リオネルが話し始めると、落ち着かなくなったのは殿下のほうだった。
「ぜんせ……っぜんせ……」
ぶつぶつと呟いていると、隣に座ったレイモンドさんが視線で黙れと言ってきた。
――怖。逆らわないに限るな。
「嘘だ!信じるもんか!」
「信じたくないのは分かる。……でも、マリナにとっては、婚約者に捨てられても、夫に裏切られても、結果は同じなんだ。……マリナを破滅させるのは、セドリック様なんだよ!」
二人の会話を俺は他人事のように聞いていた。
セドリック殿下は久しぶりに泣きそうになっていた。
レイモンドさんがアリッサを殺すと、リオネルは予言した。
「やめろ!……もう、たくさんだ!」
大きな声が出て、俺はびっくりしてレイモンドさんを見た。額に汗が滲み、緑の目が辛そうに細められた。
――鬼のようなレイモンドさんが、こんな顔を……。
ぽかんと口を開けて見てしまう。
「さて、次はアレックス。君の番だよ」
「先読みの力、だっけ?聞きたくないけど、聞かなきゃダメだよな……」
「覚悟して。始めるよ」
ボロボロの殿下と、独り言を言っているレイモンドさんが目に入る。嫌だ、あんな風にはなりたくない。
「アレックスは、ジュリアと付き合ってるんだよね?」
「あ、ああ」
他人に言われると照れるもんだな。リオネルは楽しそうに冷やかし、急に真面目な顔になった。
「一度、アイリーンに『魅了』されたことがあるって聞いたよ?」
「一度だけだ!」
「ふうん、二回目がないといいね」
「もう絶対、魔法にかからないぞ!」
「気持ちだけじゃ防げないよ。……アレックスはアイリーンと駆け落ちする。それを阻止しようとしたジュリアを殺すんだよ」
――ジュリアを?
「反対じゃないか?俺はジュリアを傷つけないし」
「いいから聞いてよ。じゃ、アレックスがアイリーンと結婚して、ジュリアは他の男に嫁ぐんだ。暴力をふるう悪い奴のところへね。そいつにジュリアは殺される」
「だから、俺は……」
「どちらかしかない、って聞いたらどう思う?」
「嫌だ」
「だよね。だから、僕は三人に話をしようと思ったんだ」
◆◆◆
セドリック殿下の部屋から帰る途中、レイモンドさんは俺の隣を歩いて考え込んでいた。
「……どう思った?アレックス。俺達にはまだ時間が残されていると思うか?」
「はい。そうじゃなかったら、今頃話をしませんよね」
「ハーリオン姉妹が悲惨な結末を迎える条件は、俺達がアイリーン・シェリンズを恋人か妻にすることだ。俺達はあの女をこれっぽっちも好ましく思っていないが、何らかの条件が揃うことで『事件』が起こる。『事件』の積み重ねで、後戻りできない結末がやってくる。『事件』が起こる条件は様々なようだった。しかし……一つだけ条件が重なっている」
レイモンドさんの話は難しくて少ししか理解できなかった。
「はあ……」
「どの『事件』現場にもアイリーンがいることだ」
「あ、ああー。俺達だけでは何も起こらないんですね」
「つまり、俺達が目指すものは一つだ。『事件』を起こさないために、アイリーンを近づけない。できれば、学院から消えてもらいたいが」
流石はレイモンドさんだとおもった。視界にピンクの髪が入ったら逃げる。それが一番いい。
◆◆◆
「今日はお疲れでしょう、坊ちゃん」
「エレノア、それ、やめてくれる?いつもは名前で呼ぶじゃないか」
「ふふふ。……背が伸びて大人っぽくなったとはいえ、アレックス様はどこも変わってらっしゃいませんね」
無意識に頭の後ろを掻いていると
「ほら、それ。悩んでいる時に出る癖ですよ」
とエレノアが笑う。
「考えていそうに見えて、何も考えていないんですよね。」
「考えてるって!」
「何を考えていたのですか?剣のことですか?それとも明日の学院祭の?」
「ジュリアのことだよ!」
俺が真っ赤になって叫ぶと、やっぱりエレノアは楽しそうだった。
「昔から変わらないんですね。剣のこと、食事のことの他は、ジュリア様のことしか考えない。一途ですね、坊ちゃんは」
「いちず……」
「ただ一人を思い続けることですよ。ジュリア様以外にときめいたことは?」
「……そんなんないよ。一緒にいる時はジュリアしか見えない」
ジュリアといると楽しくて、ドキドキして、時々少しイライラする。ジュリアが俺を仲間に入れずに、レナードや他の奴と楽しそうに話していると割り込みたくなる。
「だから、俺がジュリアを……」
「本当の恋なんでしょうかね?いつも一緒にいて、友情と愛情の区別がつかなくなっているとか」
「ジュリアは親友だけど、恋人なんだよ!恋人同士!」
しばらくしていないが、キスだってした仲なんだから。
「明日は必ず『みすこん』でジュリアと同じ順位に入って、後夜祭で一緒に踊るんだ」
「衣装の準備は整っております。……ご武運を!」
「ああ。頑張る」
ガッツポーズをして寝室に引き上げる。
ベッドに寝転がっても、昼間見たジュリアの妖精姿が瞼の裏に甦り、俺はなかなか寝付くことができなかった。
12/2 7時の更新予定はありません。次回は夜です。




