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悪役令嬢が四つ子だなんて聞いてません!  作者: 青杜六九
学院編 7 学院祭、当日
344/616

196 公爵令息の決意

【レイモンド視点】


アスタシフォン王国のリオネル王子が俺の部屋に訪ねてきたのは、学院祭一日目の夜だった。

「レイモンド、ちょっといい?セドリック様の部屋で話したいんだけどさ」

いきなり俺の部屋のドアを開け、小首を傾げて様子を覗う。ダメだと言っても連れて行くのだろう?訊くだけ無駄だと思うが。

「アスタシフォンへ戻るのは来週だろ?その前に、どうしても話しておかなきゃって思って」

「明日の『みすこん』の話かと思ったぞ」

「違うって。アレックスも呼んでいいよね?」


   ◆◆◆


リオネルの話を俺は半分嘘だと思っていた。

『先読みの力』とやらが、どれほど信憑性のあるものなのか。セドリックは鵜呑みにして衝撃を受けていた。

「馬鹿な!僕から婚約を破棄するなんてあり得ない」

と宣言したが、自分がマリナを不幸のどん底に突き落とすと知って、愕然としたようだった。まあ、驚くのも無理はない。自分と結婚してもしなくても、彼女が死ぬと聞かされたら、誰だって……。


「次は、レイモンドに」

「俺か?」

「分かってると思うけど、アリッサの話だよ」

「セドリックの真似をするつもりはないが、婚約破棄はしないぞ」

「うん。それはどっちでもいいや」

――どちらでも結末が同じ、ということか?

「君は自分の出世のために、ハーリオン侯爵家を潰すんだよ」

「聞き捨てならないな。俺が権力欲の権化みたいじゃないか」

「嘘ではないだろ?将来は宰相になりたいんだからさ。……ハーリオン侯爵は、貿易で不正な利益を上げ、機密情報を漏らしたとして斬首刑になる。夫人も、娘達もね。その事実を暴いて断罪するのは、君だ、レイモンド」


「適当な予言で惑わせるのはやめてほしい。俺はハーリオン侯爵の誠実なお人柄をよく存じ上げている。断罪など……」

「断罪しなくても、君はアリッサを手にかける。好きな女を妻にするために、婚約者が邪魔になるんだ」

背筋を汗が伝った。

――アリッサを殺すのか、俺が?

それも、他に女ができたからという、身勝手な理由で。

「ハーリオン侯爵家との縁組をオードファン公爵家は望んでいた。君の恋人は残念ながら家柄がよくなくてね。アリッサとの婚約を破談にしてまで妻にするほど、優れたところも持ち合わせていない。周囲は君達を認めない。君とアリッサは結婚式を迎え、後に引けなくなった君は、幸せな花嫁に毒を飲ませて」

「やめろ!……もう、たくさんだ!」

声を荒げてしまった。

セドリックの取り乱した様子に、ああはなるまいと思っていたのに、当事者になると全力で予言を否定したくなった。


アリッサが不幸になる予言など聞きたくなかった。嘘に決まっている。

散々悩ませておいて、明日の朝になれば嘘だったと種明かしをするのだろう。

「彼女は俺がこの手で幸せにしてみせる。怪しい予言などに惑わされてはたまらない」

「随分自信満々だね。そういう人に限って、ヒロインにコロッと騙されるんだよな」

「ヒロイン?」

「アイリーンだよ。君を虜にして、ハーリオン家を潰させるのは」

「嘘もほどほどにしてくれ。あの不快な女が俺の恋人になるはずがなかろう」

「経緯は知らないよ。でもね、冷たくしてたレイモンドが、ある日を境にアイリーンに心を許して……」

くだらない。嫌いだと思ったら最後まで嫌いなのだ、俺は。

「心を許す?ハッ、馬鹿馬鹿しい。シェリンズのどこか一点でも、アリッサより優れているか?アリッサは愛らしくて常に一生懸命で素晴らしいんだ」

「君はヒロイン……アイリーンにも、愛らしさを感じて、ひたむきな姿に心を打たれる。同じことだと思う。アリッサに抱く気持ちと」


これ以上話しても、時間の無駄だと思った。

リオネル王子は俺がアイリーンを恋人にし、アリッサを捨て、アリッサの家族を断罪するか、結婚式で彼女を殺すと言って聞かなかった。

「……話は分かった。アリッサが幸せになる道はないのか?」

「それは君が探すんじゃないか。勿論、アリッサは幸せになろうとしているよ。彼女なりに努力して、君の求める水準に達するように、精一杯背伸びしてる」

「背伸び、か」

「生徒会役員をやったり、歓迎会でピアノを弾いたり。アリッサは人前に出るのが嫌いなんだろ?全て君に認められるために、やったことだろう」


   ◆◆◆


自分の部屋に戻った俺に、手紙が届いているとデニスが言った。

「ああ、ありがとう」

差し出された封筒は、透かし模様が入ったレースの型押しがある。彼女が好きな薄緑色だ。

封を切って便箋を広げると、控えめで可愛らしい文字が行儀よく並んでいる。明日も会えるというのに、今日の劇の感想を綿々とつづっている。

先刻の嫌な予言のことなど忘れてしまうような微笑ましい感想に、思わず口元が綻ぶ。


「デニス、手紙を届けてもらえるか」

「はい。……え、今ですか?」

俺が白い封筒を渡すと、デニスは目を丸くした。

「とっくにお休みになっているかもしれませんよ?」

「構わん。届けてくれ」

「かしこまりました」

彼女が今晩返事を読まなくても、俺の決意は変わらない。


――アリッサは、必ず俺が幸せにする。

窓から見える女子寮の灯りに目を凝らし、眼鏡を外して俺は天を見上げた。


アレックス編が今晩書けたらアップします。

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