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悪役令嬢が四つ子だなんて聞いてません!  作者: 青杜六九
学院編 7 学院祭、当日
336/616

188 悪役令嬢の醜聞

リオネルの命令でマリナを探していたノアは、応接室の前でヒステリックな声を聞いた。

「私が痴漢などと、言いがかりもいいところですよ!」

若い男性の声だ。通り過ぎようとした時

「マリナ嬢と同じ部屋に?……ええ、まあ、それは否定しませんが」

と気になる発言が耳に飛び込む。

そのまま息を殺して薄くドアを開け、向こうを窺う。どうやら、学院関係者と招待された貴族の男性が話し合っているようだった。

「マリナ・ハーリオンは、王太子殿下のお妃候補なのですよ?不名誉な噂になるのは、彼女のためにも殿下のためにもよろしくないでしょう?」

年かさの女性が若い男を諌める。

「ですから、今回のこと……自習室で椅子に縛られたなどと、軽々しく言いふらさないでいただきたいのです」

「口止めですか?侯爵令嬢の醜聞ですから、どうでしょうね。学院の不行届きだと言われかねない」

男はふっと笑った。どうやったら椅子に縛るような展開になるのだろうかとノアは首をひねる。

「私は噂を止める気はありませんよ?人の口に戸は立てられません。……面白い話には皆飛びつくものです。王太子妃候補が、男を縛る趣味があるなんてね」


自習室で何かがあったのは確実だ。そして、マリナはこの場にいないところからして、自習室から逃げ出したらしい。

ノアは素早く階段を駆け、自習室まで着くと、左右の廊下を見渡した。マリナの姿はない。

劇に出るつもりなら、ここから女子更衣室へ向かうはずだ。


階段まで進むと、手すりに凭れるようにしてぼんやりしているマリナを見つけた。

「マリナさん。よかった、ここにいらしたんですね」

力なく中空を見つめていた瞳に輝きが戻り、マリナははっと顔を上げた。少し癖のある黒髪の浅黒い肌の青年がこちらを見つめている。

「……ノアさん」

「劇の出番に間に合いませんよ。着替えなくては」

「ええ。分かってはいるのですが……いろいろ、あったもので」

目の前の令嬢が、先ほどの青年貴族を縛ったのだろうか。とてもそんなことをするように見えない。ノアは一歩マリナに近づいた。

「更衣室までお連れいたします。よろしいですか?」

――よろしいって、何を?

訳が分からないまま頷くと、

「失礼いたします」

「きゃっ」

ノアはマリナの背中と膝裏に手を回し、力強く抱き上げた。


   ◆◆◆


「マックス先輩……私を女子更衣室へ連れて行ってください」

「更衣室、ですか?」

マクシミリアンは驚いて何度も瞬きをした。

「劇の衣装に着替えなくちゃならないんです」

「失礼ですが、アリッサさんは劇の出演者ではないでしょう?」

マリナのことは勿論心配だが、方向音痴でどこまで探しに行けるか分からない。意気揚々と生徒会室を出たものの、アリッサは少し歩いただけで不安に襲われていた。


何らかの事態がマリナに起こっている。ジュリアは剣技科の会場から離れられないかもしれない。エミリーは姿を見ていないが、三人とも劇に出られない可能性がある。王族が見ている劇で、登場するはずの人物が出てこないのでは話にならない。自分達の誰かが王女役で出なければ、アイリーンの思うつぼだ。悪役令嬢の代わりに舞台に立つという『とわばら』の演劇イベントが成立してしまう。

――私だけでも、劇に出られるようにしないと。

「その……姉の手伝いを!とにかく、更衣室へ連れていってください。お願いします!」

ぺこりと頭を下げた。銀の髪がさらりと揺れる。


「……マリナさんの噂は聞きました」

――噂?まさか、自習室の?

「自習室で見つかった男と一緒に部屋に入ったとか」

「なっ……」

「会長……王太子殿下は、男遊びが激しい妃をお許しになるのでしょうかね?」

「マリナちゃんはそんなことしません!」

「スキャンダルまみれで劇に出られない姉の代わりに、自分が王女役をやりたいのではないですか?……主人公はレイモンド副会長に代わったようですし」

「私は、マリナちゃんの代わりなんです。だからって、王女役をやりたいとか、思ったこともないです」

真面目に答えたアリッサに、マクシミリアンは苦笑した。


「はっ、つまんねーの」

俯いて再び顔を上げた彼は、瞳に狂気を宿していた。


   ◆◆◆


講堂の舞台裏では、王子様のような白い服に着替えたレイモンドが、セドリックに自習室の一件を伝えていた。

「そんな……マリナは不安だと思う。僕が行って慰めないと!」

今にも飛び出していきそうなセドリックを、アレックスが力で食い止める。

「放してくれ、アレックス!」

「行かせられませんよ!お、俺だって、できることなら練習場に戻りたいです!俺の代わりにジュリアがジェレミーと戦ってるのに」

「皆事情は同じなんだ。アリッサがマリナを探しに行っている。俺達は信じて待つしかない。劇を成功させ、精一杯務めを果たそうじゃないか」

「レイは心配じゃないんだね?アリッサが」

「俺は信じると決めている。……どんなことがあっても」


「すみません、遅くなりました!」

紫色の服に着替えたハロルドが飛び込んでくる。

「遅かったな。何かあったか?」

「いえ……移動と着替えに手間取ってしまって」

ハロルドは自分の膝を手で押さえた。レイモンドはふっと瞳を細めた。

「ああ……そうか。そうだな。マリナは更衣室にいたのか?」

「どうでしょうか……見ていませんが。間に合いますよ、王女の出番はまだ先ですから」

考える素振りを見せて、ハロルドは首を傾げた。

「マリナが来られなくても、ジュリアやアリッサが代わりを務めるのでしょう?」

「そうだ。エミリーは代わりにキースを送ってよこした。台詞は殆どないから、どうにかなるだろう」

ハロルドが振り向くと、キースは台本を見ながらぶつぶつ言っている。読み合わせに付き合うアレックスがたどたどしく読み間違え、キースの集中力を途切れさせていた。一人の方がマシだと怒鳴られている。


「行くぞ!……第一幕だ」

幕が下りた舞台へとレイモンドが颯爽と歩いていく。母役のフローラがそれに続く。母の再婚が告げられ、継父役のリオネルと共に、アレックス・ハロルド・セドリックの意地悪三兄弟が登場するのだ。

舞台袖で隣に立つハロルドから、覚えがある香水の香りが漂ってきて、セドリックは頭が真っ白になった。

――これは、マリナの香水?ハロルドはマリナを見ていないと言っていたのに。


レイモンドが袖にいる実行委員に合図をすると、劇の開始がアナウンスされ、講堂に拍手が響き渡った。


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