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悪役令嬢が四つ子だなんて聞いてません!  作者: 青杜六九
学院編 7 学院祭、当日
334/616

186 悪役令嬢のささやかな疑問

国王夫妻より先に講堂に着いたセドリックは、舞台の下で最終確認をしているリオネルを見つけた。既に劇の衣装である正装に着替えている。王子の豪奢な服は、主人公の父役にしては少し派手だ。

「リオネル」

「セドリック様。どうしたのさ、慌てて」

「マリナは来ていないか?」

「一緒じゃなかったの?キースが転移魔法でぶっ飛ばされてきただけで、こっちでは見ていないけど」

「そう……ありがとう。探しに行ってみる」

走り出そうとしたセドリックを、リオネルが後ろからタックルして止めた。

「放してくれないかな」

「これから劇が始まるのに、行かせられないっ!」

体格差があり、セドリックが本気を出せばリオネルを振り払うこともできた。しかし、彼(彼女)の必死の形相が、セドリックの胸を打った。

「これまで頑張って練習してきたのに!レイモンドとハロルドはまだ来ないけど、アレックスもフローラも着替えて準備してる」

「マリナが……」

「仕事で忙しくしているだけさ。きっと。劇が始まる時間には、必ず戻ってくるよ」

セドリックの腕を引いて舞台袖に押し込むと、リオネルは振り返って周囲を見た。黒髪の騎士と視線が合う。

「ノア!」

ノアは黙って頷くと、講堂から走り去った。


   ◆◆◆


「とにかく、自習室へ急ごう。マリナが巻き込まれたなら、探して……」

「レイ様!」

生徒会室から駆けだそうとするレイモンドをアリッサが止めた。

「もうすぐ劇が始まります。主役のレイ様が行かなくてどうしますの?マリナちゃんは私が探しますから、早く講堂に行ってください!」

必死に訴える婚約者に瞠目し、レイモンドは首を振った。

「君一人では探しに行けない。校内で迷ってしまうだろう?」

「どうにかなります」

「絵を傷つけた犯人も捕まっていない。危険すぎる。君にもしものことがあったら、俺は……」

緑の瞳が悲しげに細められる。腕に囚われ、きつく抱きしめられた。

「……レイ様……」

「変質者の件は、他の者に指示を出す。警備にも連絡しておく。君は、信頼のおける者とマリナを探すんだ、いいね?」

「はい」

「……放したくないな」

名残惜しそうに囁き、レイモンドはアリッサの額に口づけた。制服の上着を着直して出ていく背中に、アリッサは一瞬見とれて吐息した。


「信頼のおける……か」

――困ったなあ。どうしよう……。

アリッサは交友関係が非常に狭い。方向音痴でマリナと常に行動を共にしているせいか、クラスの女子ともあまり話したことがない。『王太子殿下の妃候補であるマリナ様』に話しかけるなんて畏れ多いと思っているからか、その妹で鉄面皮の宰相子息レイモンドの婚約者であるアリッサに声をかける者は少ない。他のクラスともなると、実質フローラしか友人がいないのだが、彼女は劇に出演するために講堂へ行っている。

劇に出演するのはマリナだ。一番王女役に相応しい。マリナに何か起こったら、ジュリア・アリッサ・エミリーの三人の中から彼女の代わりを務めるようにと、劇の監督であるリオネルから言われていた。ジュリアは剣技科練習場にいるのだろうか。エミリーはコーノック先生のいる王宮に匿われているのか……。

一人で迷っても、マリナと遭遇できれば、劇には間に合う。王女の出番は最後だ。

――誰か、知ってる人に会えば、何とかなるもん!

自分を奮い立たせてアリッサは自習室を目指した。

「マリナちゃん!今行くからね!」


「アリッサさん?」

廊下を数メートル進んだところで、聞き覚えのある声に名前を呼ばれた。

「どうしました?迷っているのですか?」

振り返った彼女を見つめていたのは、感情が見えないマクシミリアンの灰色の瞳だった。


   ◆◆◆


ラスボス化してからのジェレミーは、スピードが格段に上がっていた。足の速さには自信があるジュリアが、追われる形になっている。

「はあ、はあ……なん、であいつ……」

おかしい。

重い棍棒を振り上げて走っているのに、ジェレミーの呼吸は乱れていない。それどころか、さらに破壊力が増しているようだ。

――これ、絶対、何かの魔法じゃないの?

タイマーで発動する魔法か、魔法薬が今頃効いてきたのか。魔法薬なら、アレックスとの試合中に作用していても不思議はない。教室でアイリーンにデレデレしていたジェレミーの姿が脳裏をよぎる。


「でやあああああ!」

大声にはっとしてジェレミーを見る。棍棒を振り回し、全速力でこちらへ向かってくる。

――当たったら、人生終わりじゃん!

右に来るのか、左に……?

一瞬の迷いがジュリアの走り出しを遅くした。

「危ないっ!」

レナードの声が響く。

ガゴン!

その場に屈みこんだジュリアの頭のすぐ傍で、壁がバラバラと崩れた。

「どうした?随分遅くなったじゃねえか?妖精さんよ?」

ジェレミーは不揃いの歯を見せてにやりと笑った。徐に棍棒を壁から引き抜くと、ジュリアのドレスの胸元を掴んだ。引っ張り上げようとしたのだろうが、ラスボス化した爪が布地に食い込み、ビリッと音を立てる。首元からルビーのペンダントが滑り落ちた。

「あ……」

ジュリアの思考が停止した。


「きゃっ、ドレスが!」

レナードの後ろで試合を見ていたビヴァリーが叫んだ。

「……ちっ、あの野郎……」

「レナードさん!?」

ジュリア達がいる辺りまで観客席を走り砂地を囲む壁に上ると、レナードはジェレミー目がけて飛び降りた。

ガッ。

「ぶふっ!」

容赦ない蹴りがジェレミーの顔面に決まる。

「な、んだ、てめえ……」

「それはこっちの台詞だ。女の子のドレスを破くなんて、騎士の風上にも置けない」

ロックミュージシャンのような黒い上着を脱ぎ、レナードはジュリアの肩にかけた。

「女と見れば誰にでも尻尾を振る軟弱野郎が。てめえは前から気に入らなかったんだ」

「奇遇だな。俺もお前みたいなクズ野郎は大嫌いなんでね」

猫目を細めてレナードは薄く笑うと、大きく見開いて闘志に満ちた眼差しを向けた。

「その女は俺の獲物だ。……どけ!」

「どかない!」

――レナードが、助けに来てくれた!

ジュリアは感動した。なんて熱い友情なんだと。ついでに、ちょっとカッコいいかもと思ってしまい、アレックスに懺悔した。

「交代だ、ジュリアちゃん」

「う、うん。ありが……」

「ジュリアちゃんのささやかな胸を見た奴は、俺が許さねえっ!」

大声で叫んで長剣を振りかざし、レナードはジェレミーに飛びかかって行った。


――え……。

ありがとう、と言いかけたジュリアは、砂地に座り込み、壁際で固まった。

――ささやか?今、ささやかって大声で叫んだよね?

「ジュリアさん!こっち!」

実行委員の生徒が呼んでいる。服を直してくれるというビヴァリーに連れられ、ジュリアは釈然としない気持ちで練習場を後にした。


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