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悪役令嬢が四つ子だなんて聞いてません!  作者: 青杜六九
学院編 7 学院祭、当日
333/616

185 悪役令嬢と吼えるラスボス

「おらぁっ」

ドゴ。

砂埃が舞い上がり、棍棒が練習場の砂地にめり込む。

「どこ見てんの?そんなんじゃ当たらないよ!」

ジェレミーの攻撃を軽々と躱したジュリアは、息を弾ませて反対方向へ走る。

――そう。ついておいでよ。あんたの脚がくたくたになるまでね!

元々機動力の低いジェレミーは、動作も緩慢ですぐ見切れる。しかし、力だけはある。剣に替えて持ってきた棍棒の威力はすさまじい。何か所も壁が壊されている。剣の一撃を受けたことがあるジュリアは、棍棒に当たるのだけは回避したかった。敏捷性と持久力ならこちらに分がある。ひたすら走ってジェレミーをくたびれさせればいい。

「この……ふざけやがって!」

ジェレミーはジュリアに向かって一直線に走ってくる。重そうな足音が近づくと、ジュリアはにやりと笑った。

「よっ、と」

寸前で避けられ、ジェレミーは壁に激突する。

「うっ!」

「そろそろ、決めてあげようかな」

懐に走りこんで一撃を繰り出せば試合は終わるはずだ。練習場の壁にかけられた時計に目をやる。

――アレックスの出る劇が始まる!もう行かないと。

レナードに追い立てられて、アレックスは講堂へ行った。劇の準備をしているはずだ。


午後の授業開始のベルが鳴った。劇はこのベルが開始の合図だ。

「遅れちゃうじゃない!」

と剣を握り直し、ジェレミーの様子を見た。

――え?何か、変……?

先程までと雰囲気が一変している。目が赤く輝き、髪の毛が逆立っている。元々筋肉質だった腕がさらに太くなっているような気がする。ジェレミーは肩で息をしながら、大きく開けた口から涎を垂らした。歯が尖っているようにも見える。

「嘘。何、ラスボス化しちゃってんの!?」

怖いと言いながら親に縋りつく子供達の声がする。やはり、ラスボスに見えているのは自分だけではないのだ。

――ベルが鳴ってから、変だ。もしかして……。


「ジュリアちゃん!気をつけろ!そいつはおかしい」

観客席からレナードの叫びが聞こえた。おかしいのは分かっている。

――私が倒さなきゃ、誰が止めるのよ!

「潰してやる!」

吠えるように叫んだジェレミーは、ジュリアに向かって棍棒を振り回した。


   ◆◆◆


エミリーはぐったりしたスタンリーを抱え、観客の声に周りが見えなくなっていた。がやがやとした喧騒、目の前の傷だらけの男。転移魔法で連れ出せば、もっと怪我が悪化するかもしれない。

「スタンリー!スタンリー!お願い、目を開けて!」

――ダメだ。

絶望しそうだった。

魔法が使える世界に生まれて、何でもできると思っていたのに。

自分はなんて無力なんだろう。自分達とヒロインの争いに巻き込まれ、傷ついて苦しんでいる彼を助けることができないなんて、何のための魔法なんだろう。ヒロインが持つ光属性を嫌うあまりに、光魔法を勉強したこともなかった。悔しい。

――力が、欲しい。彼を癒す力が欲しい。

白いローブに赤い染みができていく。傷が開いているのだ。

「あ……」

アメジストの瞳を見開き、エミリーはゆっくりと瞼を落とした。いけない。このままでは彼が死んでしまうかもしれない。

――嫌だ。私のせいで、誰かが死ぬのは。もう、見たくない!


四姉妹の両親は、遠方の親戚の結婚式から帰る途中で事故に遭った。その日はエミリーの誕生日で、三人の姉が誕生会の準備をしていた。

『恵美里の誕生日だから、披露宴が終わったらすぐに、高速で帰るよ』

『お土産もたくさん買ったわよ。楽しみにしててね』

結婚式場から出る時に家の電話にかけたのだろう。留守番電話に残されたメッセージが、両親の最後の言葉だった。姉達は恵美里のせいではないと言っていたけれど、両親は恵美里のために、雨の高速道路を帰ろうとしていたのだ。高速に乗らなかったら、スリップしたトラックに追突されることもなかった。


転生する時、姉達には言っていないが、密かに願っていたことがある。

魔法が使える生活。それから、自分のせいで誰も死なないように、だ。

人と関わらないように邸に籠っていたうちはよかった。王立学院に入学してから、エミリーの人間関係は急速に広くなっていった。同時に、彼らを失う怖さが膨れ上がる。

とうとう、恐れていたことが起こったのだ。

エミリーの目の前で、人が一人死にかけている。少し変わっているけれど、純粋な好意を自分に寄せていた上級生が。

――四人の願いを叶えたなんて、嘘じゃない。私の願いは……。


ズン。

頭の先から地面へと何かが流れ込み、エミリーはビクンと背筋をしならせた。

――な、に……?

身体の奥から何かむず痒いような衝動が起こり、末端へと急速に広がっていく。幼い頃に経験したあの喜びに似ている。

――この、感じ!

「スタンリーの怪我を治したいっ!」

絞り出すように叫んだエミリーの身体を金色の光が取り巻き、一瞬、爆発するように魔法科練習場の中に広がった。


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