表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
悪役令嬢が四つ子だなんて聞いてません!  作者: 青杜六九
学院編 7 学院祭、当日
330/616

182 悪役令嬢は妖精になる

ザザッ。

静かな剣技科練習場に、アレックスが砂地を踏みしめる音が聞こえる。

「うらぁっ!」

ジェレミーが腕より太い棍棒を振り、疲れが見えるアレックスに迫っていく。

「アレックスの奴、疲れが脚に来てるな。いつまでもつか……」

顔を顰めてレナードが呟いた。アレックスは根性で立っているようにも見える。練習用の剣を振るう気力もなさそうだ。ジュリアにも彼がいつ倒れるか分からない。

ゴスッ。

当たった棍棒が離れると、バラバラと壁が崩れる。

「くっ……」

間一髪避けたアレックスは、ジェレミーの後ろへ回り込もうとするが、棍棒を持っていない方の手で服を掴まれた。

「卑怯だぞ!」

観客席からジュリアが叫ぶ。レナードが息を呑んで立ち上がる。

『仮装闘技場』は武器以外での攻撃を認めていない。相手の服を掴んで動きを制するのはルール違反だ。アレックスがジェレミーの手を服から外そうとするが、太い指でがっちり掴んでいる。外れないと分かり、アレックスは上着を脱ぎ捨てた。鍛えられた背中が見える。

「フン。逃げたつもりか?」

ジェレミーが噛みあわない歯を見せてにやりと笑った。すぐさま脚に棍棒を振り下ろす。

「うぁあっ!」

アレックスが、その場にがくりと膝をついた。

――もう、見ていられない!


「途中交代はできる?レナード」

彼の返答を待たずに、ジュリアは細身の剣を持って立ち上がった。

「ジュリアちゃん?」

「私が出る!」

階段を駆け下り、アレックスのいる方へと走りこむ。

「アレックス!交代だよ!」

「ジュリア!来るな!」

驚いた顔のアレックスの手を掴み、自分の手と合わせた。

パチン!

「さっさとここから出て、劇に行きなっての!」

裸の背中を突き飛ばす。すぐに振り返ると、キッと凛々しい表情になってジェレミーを見据えた。

「飛び入り参加の狂犬さん、あんたを倒すのはこの私。炎の妖精、ジュリア・ハーリオンが相手になってやる!」

仁王立ちになって輝く剣の切っ先を突き付ける。

割れんばかりの歓声が、剣技科練習場にこだました。


   ◆◆◆


王太子セドリックが両親である国王と王妃を案内し、普通科の教室に現れた。展示の責任者であるアリッサと、副会長のレイモンドが出迎える。説明担当のポーリーナが緊張した面持ちで控えており、隣に立つフローラが彼女の背中を叩いた。

「あっ……」

声が出てしまい、ポーリーナは真っ赤になって俯く。

国王夫妻、来賓のエルノー伯爵、国王の随行であるオードファン公爵が、生徒達の作品の前に進んだ。



国王夫妻に堂々と絵の説明をするポーリーナを、誇らしい気分で見つめていると、

「いい人選だな」

レイモンドがぽつりと呟いた。アリッサは隣で頷く。

「ご自分も絵を描かれるからでしょうか。皆さんの作品へ向ける目が愛に満ちていて」

「愛、だと?……ハッ。君はいつも、夢物語のようなことを言うな」

「レイ様!……今笑いました?」

「愉快なものを愉快だと言って何が悪い。君はいい意味で想定外だ。面白い」

眼鏡の奥で緑の瞳が細められ、アリッサに視線が落とされる。

――やば。笑顔が素敵すぎて、悶え死にそう!

アリッサの鼓動が速まり、レイモンドを直視できずに視線を逸らした。

「……どうした?震えているな。具合でも悪いのか?」

来賓に聞こえないように、耳元に唇を寄せて問いかけてくる。吐息交じりの囁きがアリッサの耳朶をくすぐった。

――み、耳が、溶ける!

「ああ……切られた絵を見たのだったな。無理もない、か」

黙っているとレイモンドは自己完結したようだった。彼の掌が肩に置かれ、あれよあれよという間にドアへと導かれる。

「抜け出すのは、へ、陛下に失礼ですよ?」

おどおどして視線を上げれば、聞く耳を持たないレイモンドはアリッサの肩を抱いたまま、宰相である父オードファン公爵の傍へ歩み寄った。

「父上、お話が」

低い声で呼びかけると、宰相は国王夫妻を一度横目で見てから、息子に向き合った。


   ◆◆◆


教室を後にしようとしたレイモンドを、セドリックが呼び止めた。

「レイ、アリッサ」

「何だ」

「マリナがどこに行ったかしらないかな?先に講堂を出たはずなんだ」

口元に手を当て、セドリックは考えるような仕草をした。

「私、ずっと教室にいたけど、マリナちゃんは来なかったわ」

「他の催事を確認しに行っているんじゃないか?……ほら、剣技科と魔法科の」

「この後は劇ですし、見回ってから講堂に戻っているかも……」

「そうだよね、うん。一度講堂に行ってみるよ」


セドリックは再び来賓と学院長のいる室内に戻っていく。

「……行くぞ」

「レイ様?」

見上げると、ふう、と溜息をつかれた。

――何か呆れられること、言っちゃったかなあ?

「君は疲れているんだろう?少し休憩に行こう」

肩を抱く手に力が込められ、アリッサは再び頬を染めた。


評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ