180 悪役令嬢の逢引疑惑
「俺も迂闊だった。今朝までは、スタンリーの傍に彼が……リオネル王子の騎士がついていたんだ」
「ノアが?」
「ああ。王子の命令だと言っていたが、何かがあって王子の警護に回ったんだろう。医務室の近くを巡回する警備員も、国王陛下と王妃殿下の警護で講堂に行っているらしい」
「城の兵士や騎士がついているのに」
マシューは静かに頷いた。
「とにかく、俺は兄さんや仲間の魔導士に連絡して、スタンリーを探すことにする。エミリーはマリナ達に知らせてくれ。それからエンウィにも。あいつは容疑者の筆頭に上げられているが、スタンリーがいなくなった時間帯は、更衣室で一人だっただろう」
「……もっと疑われる?」
「だろうな。途中からエミリーも一緒だったとはいえ、追及は免れないな」
――キースの疑いを晴らすためには……。
エミリーはゆっくりを頷いて、無詠唱で転移魔法を発動させた。
「おい、エミリー?」
「任せて」
――皆、私が助けてみせる!
手を伸ばしたマシューは空を掴み、エミリーの姿は消えた。
◆◆◆
「しっかし、すげえよなあ……」
レナードが膝に頬杖をつきながら、練習場の中央を見つめる。
「グロリアを相手に、しかも十人と戦った後でだよ?」
リオネルが興奮冷めやらぬ顔で訴える。
「アレックスの奴、化けもんじゃないのか?」
不死鳥グロリアとランプの精アレックスの戦いは、最初から派手に攻撃を繰り出していたグロリアの有利に運ぶと思われた。持ち前のスピードと跳躍力で、疲れの見えるアレックスを翻弄していった。しかし、剣を受けながらもアレックスは次第にグロリアとの距離を詰めていき、彼女が動き回る範囲を狭めると、そこから一気に力技で攻め込んだ。
「正直、あんなに知恵があるとは思わなかったな」
ぽつりと呟くリオネルの隣で、ノアがうんうんと首を縦に振る。
「……あれ?ノアは医務室にいなくていいの?」
「しっ、ジュリア!」
慌ててリオネルが人差し指をジュリアの唇に当てる。
「あ、ごめ……」
「ノアは先生の用事が終わってね。僕の護衛につくことになったんだ」
「用事が終わった?」
じゃあ、目が覚めたの?とこっそり耳打ちすると、リオネルは首を横に振った。
「普通科の教室で展示が壊された。犯人が校内にいるかもしれないからって、ノアは自分の判断で僕のところに来たんだ」
「展示か……アリッサ大丈夫かな」
「心配だろうけど、ジュリアの出番ももうすぐなんだから、行っちゃダメだからね」
「はーい」
顔を近づけて話していた二人は、再び練習場の中央に視線を向けた。アレックスが三年の生徒を壁際に追い詰め、彼の剣を弾き飛ばしたところだった。
「また勝ったよ。……いいぞー!アレックス!」
「頑張りすぎて、劇で使い物にならなくても困るよ。台詞は殆どないけどさ」
劇の演出を手掛けたリオネルが肩を竦めた。
ざわざわ……。
「何だ?」
レナードが観客の視線の先を追う。
「誰か来たようだね。飛び入り参加かな?」
「飛び入りなんかいいの?出る順番は決まってるでしょ?」
ジュリアはレナードの手元にあるメンバー表を覗き込む。
「ヴィルソード!次の相手は、俺だ!」
青組と書かれた扉を蹴とばすようにして練習場に現れたのは、棍棒のような武器を担いだジェレミーだった。服装はいつもの練習着で仮装はしていない。
「あいつ、騎士は仮装なんかしないって、ボイコットしたくせに!」
ジュリアは思わず立ち上がり、観客席の階段を駆け下りて砂地へ飛び出す。
「関係ない奴は黙ってろよ」
団子鼻を擦ったジェレミーは、淀んだ視線でジュリアを睨み付けた。
「関係なくない。『仮装闘技場』の準備をしたのは私達だもん!」
「俺はヴィルソードと戦うんだ。……一瞬で終わらせてやるから、そこで見てな!」
階段へジュリアを突き飛ばすと、ジェレミーはアレックスに向き直って、棍棒を振り上げた。
◆◆◆
エミリーがキースの姿を思い浮かべて転移した先は、男子更衣室の中だった。
「まだ着替えてないの?」
「わ、え、エミリーさん!」
侍女が一人もいない状況で、キースは着替えに手間取っていた。
「すみません……カフスがうまくはまらなくて」
「貸して」
手を引いて手首のカフスボタンをつけてやる。その様子をじっと見つめていたキースは、視線を上げたエミリーと目が合うと、ぱっと顔を赤らめて俯いた。
「照れますね」
「そう?」
エミリーにしてみれば、家にいる弟のクリストファーの着替えを手伝っているのと何ら変わらない気持ちだったのだが、言われれば少し、意識してしまう。キースにつられて顔が赤くなっていないかと心配になった。
「……スタンリーが消えたわ」
「ええっ?」
「さっき、マシュー先生と一緒に行ったら、医務室にはいなかった」
「意識を取り戻して帰ったとか……」
「ううん。ベッドの傍に血だまりがあった。連れ去られたんだと思う」
血だまりと聞いて、キースの表情がさっと青ざめて強張った。
「傷はよくなっていると聞いていましたが」
「ロン先生が完全に治した。でも、また傷つけられたのかも」
「何てことだ!」
頭を抱えたキースの肩を叩き、エミリーは告げた。
「スタンリーがいなくなった時間帯に、キースは一人だったから、疑われる」
「勘弁してくださいよ!エミリーさんは信じてくれますよね?」
「……一応?……だから、疑われないように、する?」
「はい。どんなことでも」
服を着替え終えたキースの背中を押して、更衣室のドアまで連れて行く。
「エミリーさん、一緒に出たらまずいですよ!」
「一人だったと思われるよりマシでしょ」
鍵を開けて、キースの腕を引いて部屋の外に出ると、廊下を歩いていた生徒達が二人に注目する。
「ほら、言わんこっちゃないですよ!皆見ています」
「だから?」
更衣室から連れ立って出てきた二人の姿を見て、女子生徒が囁き合っている。男子生徒も驚いている。
「お前ら……そんなところで逢引か?」
見知った魔法科の生徒が声をかけてきた。
――アイビキ?
エミリーは一瞬、何を言われているのか理解できなかった。
「ち、違いますよ、着替えを手伝ってもらって……」
「着替えだと?お前ら、は、は、肌を見せ合うような仲なのか!?」
――何だってぇ!?
「……誤解だ」
「誤解です!」
「二人でそこにいたんだろ?」
妙な誤解はされているが、二人でいたことにしなければキースのアリバイが作れない。
「……いたわ。何か文句ある?」
広げた掌に火の魔法球を発生させると、男子生徒はぶんぶんと首を振って後ずさる。
「文句なんかねえって!な、仲良くな、お二人さん!」
と叫ぶと、顔を引きつらせて走り去った。




