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悪役令嬢が四つ子だなんて聞いてません!  作者: 青杜六九
学院編 7 学院祭、当日
325/616

177 悪役令嬢は輝く笑顔に冷や汗を流す

困った……。

笑顔で会場に向かって説明をするセドリックの一歩後ろで、マリナは打開策を見いだせずにいた。彼が言うように、このまま流されて拙いピアノ連弾を聴かせるのは、どう考えても最善だと思えない。

――どうしよう。セドリック様が一人で突っ走ってしまったわ。

「セドリック様、あの……」

小声で言い、制服の裾を引く。『どうか勘弁してくれ』と視線で訴えてみる。

「どうしたの?マリナ。心配は要らないよ、僕に任せて」

――全然通じなかった!

その場に頽れてしまいそうだ。


セドリックはなおも、意気揚々と話し続けた。

「これから始まります、当学院が誇る若き音楽家の素敵な演奏の前に、私達が皆様を夢の世界にお連れします!」

両手を広げて微笑む。

キラキラキラキラ……。ヒュン、パン!キラキラキラキラ……。

メイン攻略対象の王子様スマイルだから輝いているのではない。舞台の上に光が溢れているのだ。

――これ、マシューの魔法!?

「あれ……何だかキラキラしてるね」

「魔法使いの台詞で発動する仕掛けになっていた魔法が、セドリック様のお話で発動したのでは?」

「道理で原稿もないのにすらすら出てくると思ったら」

「『夢の世界へお連れします』が魔法使いの台詞と同じでしょう?」

「どうしよう。劇で魔法が出なくなってしまったよ」

舞台の上で冷や汗を流す二人に、魔法に驚いた観客が惜しみない拍手を送る。

「この場をどうやって収めるおつもりですの」

「うーん。魔法が凄すぎて、僕らのピアノを聴かせるのが恥ずかしいよ」

魔法が無くても恥ずかしいだろうとマリナは思ったが、一先ず彼の意思を尊重することにした。

「そ、そうだ!」

セドリックは再び観客へ向かい、凛とした表情になって声を張り上げた。

「午後の演劇は、私達も出演します。この魔法は演出の一部です。本番は輪をかけて素晴らしい劇にします。ぜひご覧ください!」

――とりあえず、まとめたつもりかしら?

ちらりと彼を窺えば、こちらに視線を向けている。

『僕、頑張ったよね、褒めて!』とでも言うように、魔法に負けないキラキラ笑顔だ。

――魔法の仕掛けが消えたのに、劇のハードルを上げるってどういうことよ?このボケ王子!

にっこりと令嬢アルカイックスマイルを作り会場を見渡したマリナは、セドリックの腕に腕を絡めると、視線を遠くに向けたまま、彼の手の甲をつねった。


   ◆◆◆


男子更衣室の一角で、キースは自分史上最高の興奮を味わっていた。

「えっと……エミリーさん?」

魔法科の生徒達は、魔法ショーのために用意した衣装へ着替えていたが、ショーの総括責任者を任されていたキースは、皆より着替えるのが遅れてしまったのだ。更衣室にいた学院付きの侍女達もすでに持ち場を離れており、キースは自分で服を脱いで着替えようとしていた。制服の上着を脱ぎ、シャツを脱いだ。

その矢先の出来事だった。

天井近くの空間が白く光ったかと思うと、黒いローブの少女がキースを目がけて降ってきた。エミリーだと認識する間もなく、彼は腕を広げて受け止めたのだが、勢いに押されて床に倒れてしまった。強打した後頭部の痛みも感じないほど、腕の中のエミリーは柔らかく甘い香りを放っている。


「……転移失敗」

エミリーは悔しそうに呟いた。いつもなら空中に転移するという初歩的なミスをすることはない。低い位置に転移するのだ。キースを押しつぶしているなんて、いつもと逆だ。

「珍しいですね、あなたが失敗なんて」

「キースのことを考えたから」

「はっ……!」

寝転がってエミリーを抱きしめたまま、キースは真っ赤になって震えている。

「エミリーさんが、僕を……?」

――こいつ、何か勘違いしてるな。

エミリーは目を眇めて起き上がろうとしたが、がっちりと抱きしめられていて立ち上がれない。

「放して」

「嫌です。嬉しくて、嬉しくて、放したくありません」

「誤解があるみたいだから言っておくけど、別に」

「そうですよね、エミリーさんは素直じゃないから」

ぼんやりと熱に浮かされたような顔でキースはふにゃりと微笑んでいる。

「あなた、容疑者になってるんでしょ」

「え?」

エミリーの下でデロンデロンに溶けきっていたキースが、さっと表情を硬くした。


起き上がった二人は、傍にあった長椅子に腰かけた。

「スタンリーが怪我をさせられた日、現場の近くにいた?」

単刀直入に訊ねる。エミリーは回りくどいのが苦手だった。

「どうしてそれを……」

「うちの魔法の家庭教師の先生から聞いた」

「ああ、リチャードさんですか」

キースの祖父は宮廷魔導士だ。部下のリチャード・コーノックは、エンウィ伯爵家に何度も招かれ、家族ぐるみで親しくしていた。

「本当に、近くにいたの?」

「はい。廊下を歩いていたら、スタンリー先輩がピンクの髪の……アイリーンと腕を組んでどこかへ行くのが見えたんです。奇妙な組み合わせだと思って後をつけたものの、途中で見失ってしまって」

「……そう」

「僕が見失ったりしなければ、スタンリー先輩を助けられたと思うと、悔しくてたまりません」

紫の髪を揺らし、キースは俯いてかぶりを振る。金茶の瞳が微かに潤んでいた。


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