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悪役令嬢が四つ子だなんて聞いてません!  作者: 青杜六九
学院編 6 演劇イベントを粉砕せよ!
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171 悪役令嬢とピアノカバーのオバケ

学院祭前日は、それぞれの持ち場で飾り付けや最終調整が行われた。

ジュリアは剣技科の催し『仮装闘技場』の会場である、剣技科練習場を見回っていた。生徒が仮装をするだけで、練習場は普段と変わらない。入口に簡単な看板を掲げれば準備は終了だ。

「よっし、完成!」

アレックスが看板の上についたフックを釘に引っかけ、脚立の上から飛び降りた。勢いで脚立がひっくり返りそうになり、押さえていたレナードが驚いた。

「あっぶな……。試合より前に怪我するぞ?」

「悪い。何か、始まる前なのにさ、すっげえやった感じで」

準備だけで達成感を得られたと言いたいのだろう。ジュリアは力説する恋人兼親友を見ながら微笑んだ。

「な、ジュリアもそう思うだろ?看板をつけてさ、いよいよ始まるんだなって」

「そうだね。明日は一日『仮装闘技場』があって、午後は劇がある。私達、時間になったら抜けていいの?」

「うん。順番を入れ替えてどうにかするよ。勝ち抜き戦だから、劇の時間には挑戦者の枠に入れないし、勝ち続けない限りは劇に出られる」

レナードがいなければ、『仮装闘技場』は企画倒れになっていただろう。リオネルは劇の演出で忙しく、二年と三年の剣技科の実行委員の中には、ジェレミーに同調して準備にすら来ない者もいた。実質、レナードとジュリアとアレックス、そして衣装係の普通科女子生徒達で準備をしたようなものだった。

「明日の運営は、二人がいなくてもトッドとジェリーが手伝ってくれるってさ」

トッドとジェリーは剣技科一年の生徒だ。どちらも家柄は末端貴族で幼馴染らしく、常に一緒に行動している。背が高くて手足が長いがぼんやりして動きが鈍いトッドと、非常に小柄ですばしっこいジェリーは、剣の実力は中の下、真面目だがクラスで目立たない存在だった。

「レナードが頼んだの?」

「二人が自主的に申し出てくれたんだ。僕らが困っているのを見かねてね」

アレックスは練習場の中でごみを拾っている二人を見た。

「そっか、何だか申し訳ないな。その分、俺達は劇を頑張るからさ」


   ◆◆◆


壁に掛けられた絵を見て、アリッサは頷いた。

「素敵ですね。窓から見た景色を切り取ったようです」

「まさに。これを描いたのは誰だ?趣味にしておくにはもったいないな」

レイモンドが目を細め、近づいて右下隅の作者の名前を確認する。

「ポーリーナ?」

「まあ、ポーリーナ様ですの?」

アリッサの隣にいたフローラが声を上げた。

「フローラちゃん、知ってるの?」

「知ってるも何も、わたくしの兄の婚約者ですわ」

フローラには、兄が三人と姉が二人いる。三人いる兄の誰かとポーリーナは婚約しているのだろう。

「リンド男爵の御長女で、普通科の三年二組に在籍していらっしゃいますわ。その、何と申しましょうか、少し変わったところのある方ですけれど、お兄様はそれはそれは、大切に思っているんですの」

「リンド男爵家か……」

レイモンドが目を細める。

「当代のリンド男爵は美術に造詣が深い方だし、ポーリーナの審美眼も相当のものだろうな。ギーノ家に美術を解する者がいるとは思えないが」

「失礼ですわね!エル兄様は、ポーリーナ様とのお話についていくために、必死に美術を勉強しておりますのよ」

「エル兄様?では、次期伯爵のエルドレッド殿か。確かもうすぐ三十路の……」

そこまで言いかけてレイモンドは口をつぐんだ。必死に美術の勉強をしてまで迎えたい妻なのだ。歳の差云々をとやかく言うつもりはなかった。


「絵画や工芸品の展示は、国王陛下と王妃殿下をはじめ、アスタシフォンの王族もご覧になられる。できればポーリーナに解説を頼みたいが、今からでは難しいだろうな」

「そうですわねえ。美術のことになると饒舌なポーリーナ様ですけれど、人前に出るのは……ほら、あそこ」

フローラは部屋の片隅でもぞもぞと動いている黒い何かを指さした。

「あれ……ピアノのカバー?」

「そのようだな。ああ、穴が開いているな。あそこから見えるのか」

二人に凝視され、ピアノカバーはびくりと震えた。

「ポーリーナ様、お二人は怖くありませんわ。わたくしのお友達とその婚約者の方ですもの」

カツカツと靴音を鳴らして近づき、フローラはピアノカバーを一気に引いた。

「きゃあっ!」

か細い声がし、バサリと黒いカバーが床に落ちる。

そこには長くうねる金の髪に、艶めくエメラルドの瞳をした、天使のように可憐な美少女が立っていた。

「フローラ様っ……ひ、酷いっ……」

涙目になって再びピアノカバーを被ったポーリーナは、近くにあった椅子に凭れてさめざめと泣いた。


「……ね?こういうわけですから、ポーリーナ様に解説をお願いするのは難しいと思いますの」

「ごめんなさい、ポーリーナ様」

「分かった」

レイモンドは眉間に皺を寄せて眼鏡を指で押し上げた。

「国王陛下の前でピアノカバーを被ってはいられないからな。……ところで、エルドレッド殿は明日、これをご覧になられるのだろうか」

「ええ。両親と兄達と姉達は、わたくしが劇に出ると聞いて、他の予定を断っても学院祭に来ると申しておりましたわ。エル兄様はポーリーナ様に会いたいだけで、わたくしは二の次でしょうけれど」

「美しい婚約者が、国王陛下の前で解説をする姿を見たら、さぞ彼も鼻が高いだろうな」

にやり、とレイモンドが微笑み、アリッサに目くばせをした。

「そうですわね。こんな名誉なこと、めったにありませんもの。私が解説をしたら、レイ様は……嬉しいと思ってくださいますか?」

「ああ、無論だ。才能ある婚約者を持ってこの上なく幸せだと思うさ。嬉しすぎて抱きしめてキスしたくなるくらいには」

本当にキスをしそうになり、アリッサは顔を真っ赤にした。


絵を飾ってある部屋から、レイモンドとアリッサとフローラが出て行こうとした時、後ろから震える声が聞こえた。

「あ、あの……わ、私、解説、します……」

黒いピアノカバーを脱ぎ、金髪を乱れさせたポーリーナは、フローラの上着の裾を掴み、緑の瞳を潤ませていた。


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