【連載4か月記念】閑話 占い師カルボナーラ 5(終)
騒ぎがしばらく収まりそうにないので、ジュリアは先にロジャーの店に行くことにした。店に入り、かねてから目をつけていた、店主オススメのレイピアを手に取る。
――やっぱ、これがいいかなあ。
所持金もこれを買うのが精一杯だ。
「お、この間の嬢ちゃんじゃないか。ん?それがいいのかい?」
「うん。チェルシーのとこで働かせてもらって、お金が貯まったからさ」
「ほんの二日三日だろう?いやあ、占いは儲かるんだなあ……俺も剣の店やめて占い屋になろうかな。はっはっは」
こんなゴツい占い師と狭いテントに入るのは息苦しそうで微妙だな、とジュリアは苦笑いをした。
美しいレイピアを鞘に納め、滑らかな布にくるんでロジャーはジュリアに渡す。
「はいよ」
「金貨十五枚だよね?」
「特別に十二枚にまけてやるよ。ほら、持っていきな!」
◆◆◆
「カルボナーラ、遅かったな」
チェルシーは占い師の姿で飄々と声をかけてきた。
「さっきの奴なら帰ったぜ。『ジュリアはお前に惚れてる、占い師の俺が保証する』って言ってやったら、真っ赤になって走ってった」
「適当なこと言わないでよ」
「んー?違った?だってあいつだろ?あんたが剣をあげたい相手ってさ」
にやにやしたチェルシーに肘鉄を食らわせると、ジュリアは相談者用の椅子に腰かけた。
「ここで働くの、今日でやめようと思って」
「そっか。金が貯まったんだな」
「うん。ほら、これ」
ジュリアは布を広げてレイピアを見せた。
「ヒュー。すっげえ、高そうだな。いくら?」
「金貨十五枚」
「銀に紫の宝石がはまってらあ。ふうん、まるであんたみたいだな。こんなん渡しちまったら、あいつ絶対誤解するぜ」
何が誤解なのかジュリアはピンと来ない。首を傾げるしかなかった。
「ははは、ま、いいや。あんたのおかげで俺も店を持てたし、感謝してる。また占い師がやりたくなったら、いつでも訪ねて来てくれよ」
◆◆◆
広場から馬車に乗り、ジュリアはヴィルソード家を目指した。
アレックスの誕生日まではあと四日あるが、頑張って手に入れた剣をすぐに、一秒でも早く見せたい。喜んだ彼の顔が見たかった。
「アレックス坊ちゃんはお部屋にいらっしゃいますよ」
ころころと太った乳母が、奥の部屋を指さした。
「めっずらしー。練習してるのかと思ったのに」
「先ほどお出かけから戻られて、そのままお部屋に籠られておしまいになりました」
年かさの侍女が付け加える。
ブーツの音も高らかに、ジュリアはアレックスの部屋の前まで来た。
――ここまで来たら、行くしかないでしょ!
バン!
観音開きの扉を全開にし、
「アレックス!遊びに来たよ!」
と叫んだ。
「う、わっ、ジュ、ジュリア……」
「具合でも悪いの?顔色変だよ?」
「具合、悪くなんかないぞ。ちょ、ちょちょちょっと、考え事を」
「考え事?邪魔してごめんね。……はい、これ。誕生日プレゼント」
「……誕生日」
「四日後でしょ?ほら、開けてみ?」
レイピアの包みをぐいっと彼に押し付ける。アレックスは黒い布を開き、中身を見て息を呑んだ。
「これ……」
「ね?すっごいいいでしょ?カッコいい剣の店で買ったんだよ。お小遣いとバイト代で買ったから、これが精一杯……」
「『ばいと』?」
「あ、えっと、占いの店で手伝いをしてさ。金持ちのお客さんからたんまり金貨をもらって……」
「そ、そっか。手伝い、か……」
アレックスは赤い髪をがしがし掻いた。金の瞳が潤み、口元はだらしなく緩んでいる。
「嬉しい。ありがとう、ジュリア。占いの店に行ってたのは、これを買う金を貯めるためだったんだな」
「そうだよ。……へへ。喜んでくれて、私も嬉しいよ」
「この剣の色……」
「ん?」
「いや、何でもない。……すごく綺麗だ。俺の好きな色だ」
「気に入ってもらえてよかった」
視線を合わせて微笑みあう。目の前にジュリアの大好きな笑顔がある。乙女ゲームなんて始まらないで、こんな時間がいつまでも続けばいい。ジュリアは願わずにはいられなかった。
◆◆◆
同じ頃。
チェルシーの占いの店に、金髪の美青年が顔を出した。
「かの有名な占い師、チェルシー先生のお店はこちらですか?」
「そうだよ。……入りな」
物腰が優雅な彼は、少し顔を歪めながら椅子に腰かけると、ベールで顔を隠したチェルシーに向き合った。
「的確なご指導をいただけると、友人から聞き及びまして」
「ふうん。で?相談は何?」
「恋愛関係、と申しましょうか」
「へえ。あんたみたいな綺麗な男、女が振り向かないわけないだろ?」
「振り向く……いえ、彼女が私のものなのは決まっているのですが……それをつい先日思い出しまして」
「思い出す?じゃあ何、忘れてたってことか?」
「はい。私の記憶が曖昧な間に、彼女を奪おうとする輩がつきまとい、あろうことか彼女との婚約を取り付けてしまいました」
「ほー。そりゃ、大変だな。で?」
「この国にいる限り、彼女はあの男との結婚から逃れられない運命にあるのです。この手に彼女を取り戻すにはどうしたらいいのでしょうか。……やはり、彼女を攫って、どこかに閉じ込めて二人だけの生活を……」
思いつめたような青年の表情に、チェルシーは背凭れから背中を離し、前のめりになった。
「おいおい、駆け落ちはヤバいぜ。あんた貴族だろ?その娘さんも多分同じような身分だろうから、あんたら二人で生きて行こうったって無理がある。あんたは足が痛そうだし、農場の手伝いや波止場の荷物運びなんかできねえだろ?」
「確かに、私の身体では……」
「だからさ。正攻法で行けよ」
「は……正攻法、ですか?」
「あんたが好きな娘さんの婚約者より、あんたの方がずっといい男だって認めさせるんだよ。貴族の結婚は親が決めんだろ?要するに親に気に入られるようにすりゃあいいさ」
チェルシーの人差し指が左右に揺れる。
「この国にいたら結婚させられるってんなら、彼女の親に認めさせて、外国に行っちまえばいい。グランディアを出たもん勝ちだ」
『俺冴えてる!』というドヤ顔で、チェルシーは腕を組んだ。
「……なるほど。あなたの言うことにも一理ありますね。現状のままで私には勝ち目がありません。ですが、力を蓄えた後なら……あるいは」
「な?だから、駆け落ちなんかやめとけよ?」
「はい。……何か吹っ切れた気がします。彼女を前にするとまた、気持ちが落ち着かなくなるとは思うのですが……あなたの言うように頑張ってみたいと思いました」
「そうだよ。そんな暗い顔してないでさ、……あ、そうだこれ、あんたにやるよ」
「短剣、ですか?」
差し出された剣は、細工が美しい銀にアメジストがついたものだった。
「ここの先のロジャーが、剣の店を閉めるってんでさ。俺にくれたんだよ。俺は剣なんか使わないし、こいつの綺麗なところがあんたによく似合うと思ったんだ。よかったら持って行ってくれよ。で、迷った時はこれを見て、さっきの忠告を思い出してくれ」
「私に……似合う……銀と、紫……」
美しい青年は、銀のレイピアを手にして夢見心地で呟いた。
「ああ、ありがとうございます。やはりあなたは何でもお見通しの素晴らしい占い師ですね。私の望むものを与えてくださいました」
「へ?あ、そう?気に入ってくれたの?」
「勿論です」
胸に大事そうに短剣を抱え、青年は頬を染めた。数秒黙っていたが、思い出してポケットから金貨を取り出した。
「こちらをお納めください。このようなはした金では、先生のお導きの対価として不足でしょうが……」
「いやいや、十分っすよ!」
金貨に恐れをなしたチェルシーは、さっさとそれを胸にしまうと、
「さあ、日も暮れてきた。とっとと帰んな!」
と背中を押して客をテントから追い出した。彼の姿が完全に視界から消えたのを確認し、
「あいつ、マジやべえ。目が怖っ……」
と身震いしたのだった。
次回から本編に戻ります。
ちなみに、『ロジャーの素敵な剣の店』は『ロジャーの不思議な占いの店』に看板を掛け替え、筋肉質の占い師がお客様をお待ちしています。




