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悪役令嬢が四つ子だなんて聞いてません!  作者: 青杜六九
学院編 6 演劇イベントを粉砕せよ!
308/616

165-2 悪役令嬢は闇に吼える(裏)

【マシュー視点】


マリナ・ハーリオンから俺に手紙が届いたのは、夜もかなり更けた頃だった。独身寮の俺の部屋のドアがけたたましくノックされた。

ドアを開けると、若い従僕が息せき切って、全速力で走ってきたところだった。名家の使用人には魔法を使える者も多く、転移魔法で行き来することもあるはずだが、彼からは魔力の波動を感じない。

「マ、マシュー・コーノック先生ですか?」

「コーノックは俺だが」

「お嬢様から、きゅ、急の手紙ですっ!」

渡された手紙は封がされていたが、従僕が握りしめていたために酷く折れ曲がっていた。すぐに封を切って中を確かめた。

「あ、あの、お返事は……」

「分かった」

バタン。

ドアを内側から閉めると同時に、おぼろげにしか覚えていないマリナの姿を思い浮かべ、転移魔法を発動させた。


   ◆◆◆


姉妹の部屋で事情を訊いた。姉達には行先を告げていかなかったらしい。エミリーの居所が旧校舎だと分かった。近くには強い光属性の波動がある。仮にこれがアイリーンだとしても、エミリーは俺が渡した腕輪に守られ、危害を加えられないはずだ。


転移魔法で旧校舎の傍に立つ。直接中に入るのは、何が起こっているか分からない以上危険だ。この暗さでは遠見をしても成功しないだろう。建物の陰に隠れながら近づくと、兵士達がぞろぞろと出てくるのに遭遇した。慌てて屈みこみ闇に身を紛れさせる。黒いローブは俺の姿を完全に闇に同化させた。

「……!」

しばらくして、建物の中から嫌な魔法の波動が伝わってきた。チリチリと焼きつくような感触は、俺を目の敵にしている男のものだ。

やはりあいつが絡んでいたのか。ドウェインめ……。

次にエミリーに手を出したら、息の根を止めてやろうと思っていたが、その時が来たようだ。魔力の気配を完全に消し、建物の裏側に回り込んだ。

旧校舎は裏側に通用口があった。静寂の魔法をかけ、立てつけが悪く軋むドアの音を消し、するりと中に入った。長い廊下の向こう側で、ドウェインの魔法が放たれた。

――あの野郎!

怒りで魔力が漏れそうになり、自分の身体を抱きしめて耐えた。


ここで突撃しても奴を仕留められるだろうが、出てくるのを待つべきだろう。ドウェインの狙いは俺とエミリーを学院から追い出すことだ。乱闘騒ぎを起こせば間違いなく俺は職を追われ、エミリーも何らかの処分を受けるだろう。

エミリーが閉じ込められていると思われる部屋は窓がなく、中を窺うことはできない。魔法を受けたのが彼女でなければいいと願わずにはいられない。


カサコソ……。カサカサ……。

微かな物音に振り向けば、一匹のネズミが立ち止まって手で口元を掻いている。ここに棲んでいるのだろう。エミリーを助け出した後のことを考え、俺はネズミにそっと触れた。

――これでいい。身代わりは任せたぞ。

体毛を光らせたネズミが建物の外へ出た。すぐに人型をとり、部屋から出たドウェインの注意を引いた。若い侍女の姿をしたネズミが走り去るのをドウェインが追いかけていく。

――よし、今だ。


   ◆◆◆


ボロボロのロンを担ぎ、エミリーを抱き寄せて転移した先は、王宮の敷地内にある魔導士の寮だった。兄のリチャードが暮らしている部屋に座標を定めたはずなのに、部屋には白いローブを引きずっている女魔導士が一人だけだ。子どものように小柄だが、魔力が大きくて成長が遅い奴か。

「きゃっ、何、あんた?」

「『あんた』じゃない。俺はリチャード・コーノックの弟だ。兄さんはどこだ」

「私は同僚のステファニーよ。リックならじきに戻るわ。……彼、酷い怪我ね。ベッドに寝かせて。私が診るわ」


若い女魔導士は、年齢不詳で実力のほどが知れない。だが、俺の光魔法では十分にロンを治療できない。白いローブを着ている以上、主属性は光魔法だ。魔法の能力を買われて宮廷魔導士になったのだから、彼女に任せてみるしかない。

「白ローブ……彼は治癒魔導士なのね。自分を治療できなかったの?」

「手首を見ろ。魔力を吸収する手錠がかけられている」

「あら、困ったわ。これを外さないと、治癒魔法の効果も吸われちゃって、半分になるもの」

女魔導士は足で踏んでしまった白ローブを引き上げ、腕組みをして考えている。

「手錠はどうやって外すんだ?俺は生憎経験がない。宮廷ならならず者を捕らえることもあるんだろう?」

「『無効化』かしら?ううん、魔法をかけたら吸われるわね……吸う……ん?もしかして!」

「方法があるのか?」

「長期間拘束しないなら、使っている手錠は吸収できる魔力の限界値があるかも。リックの弟さん、あなた試しにこの子の手錠に魔力を送ってみて」

エミリーの腕を指し、

「被害が出ないような、何か、得意なのを全開でね」

と言うと、自分はロンの腕輪に魔力を送り始めた。治癒魔法らしく、金色の光が室内に溢れた。


「……外せるの?」

エミリーが心配そうに俺を見上げた。

「できないと思っているのか?」

腕を掴んで手錠に指先を触れさせる。魔法を受けても問題がないように、『無効化』の魔法を選んだ。

「違う。……あ、ちょっとビリビリする」

「我慢しろ」

魔法の出力を上げるとすぐに手錠が外れて床に落ちた。

カラン、という音で振り返った女魔導士が、驚いた顔で俺を見る。

「すっごいわね!ねえ、こっちも頼んでいい?」

言われるままにロンの手錠を外す。同時に治癒魔法が全身にかかり、寝ている身体が淡い光を帯び始めた。


   ◆◆◆


一通りロンの治療は終わったが、意識は戻らないままだった。エミリーと二人、黙って部屋に置いていっても、兄は事情を察してくれるだろうが、できれば話をしていきたい。怪我をさせられた生徒の様子も気にかかる。

ふと魔法の気配を感じて視線を上げれば、空間に白い光が見えた。

「帰ってきたわね」

光が消えて立っていたのは、白地に金糸のローブを纏った我が兄リチャードだった。


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