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悪役令嬢が四つ子だなんて聞いてません!  作者: 青杜六九
学院編 6 演劇イベントを粉砕せよ!
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161 悪役令嬢は劇の練習を見る

「お前のような役立たずは、煙突の掃除でもしていろ!」

「そ、そんな!兄上!……」

「……?」

「……ねえ、次、誰?」

セドリックがひそひそとレイモンドに近寄って呟く。レイモンドは黙って目の前に頽れているアレックスに視線を移す。

二人に目を配りながら、ハロルドがゆっくりと語る。

「……私達の兄上は、人でなしでも、鬼でも、悪魔でもありません。ですよね?マデリベル?」

「そ、そうでした。兄上は人でなしでも鬼でも悪魔でもありませんよね……あれ?」

ダン!

「ひっ……」

冷たい視線でアレックスを睨んでいたレイモンドが、とうとう堪忍袋の緒が切れて、アレックスの目の前で足を踏み鳴らしたのだ。

「いい加減にしろ、アレックス。お前は何回台詞を忘れたら気が済むんだ。次の台詞を思い出すようにハロルドが助け舟をだしたのを、まさかそのまま復唱するとは」

セドリックが台本を捲る。

「次の台詞は、『この人でなし!鬼!悪魔!』だよ。こんなの簡単じゃないか。レイを前にしたらすらすら出てくるだろう?」

「……どういう意味か後でじっくり説明してもらうぞ、セドリック」

「僕はアレックスに演技指導をしているだけだよ?」


生徒会メンバーが多く含まれる演劇の練習は、生徒達が校舎から出た後、下校のチャイムが鳴る頃に講堂のステージで行われている。主演のマデリベル役のアレックスは、台詞を覚えられず、覚えていても噛んでしまい、散々な出来であった。

「忙しいのに皆集まっているんだ。お前一人の不出来で進行が止まっている。俺達は短時間で劇を仕上げる必要がある。台詞くらい一晩で覚えろ」

「すみません」

人でなし・鬼・悪魔を地で行くレイモンドが、緑の瞳を怒りでぎらつかせながら、アレックスを引っ張って立たせた。叱っても面倒を見るところが彼らしい。

「……もういい。次の台詞、セドリックのところから再開しよう」

「分かった。……うーん、僕が主役になりたかったなあ」

「無理だ。王太子がいじめられ役など聞いたことがない」

「アレックスははまり役だけど、なんか、つまんないんだよなあ」

ぶつぶつ言っているセドリックの背中を一つ叩き、レイモンドは立ち位置につかせた。

「……ああ、そうだっ!」

「どうした?」

「レイはマデリベルの台本を全部覚えてるんだよね?」

「……それがどうした?」

「アレックスは台詞が多くて覚えられないんだよ。だから、レイが主役をやればいいじゃないか!」

『僕って天才』と顔に書いてあるようなドヤ顔で、セドリックは腰に手を当てて頷いた。

「……馬鹿なことを」

「名案でしょ?一番記憶力がいい人が、一番台詞が多い役をやるんだもの。間違えようがないよね?」

「代わってくれるんですか、レイモンドさん!」

アレックスが金の瞳をきらきらさせて、縋りつく子犬のようにレイモンドを見ている。

「お願いします!お願いしますっ!」

「ほら、アレックスもこう言ってるしさ。考えてみてよ、レイ」

笑顔でアレックスの肩を叩くセドリックの横で、レイモンドは眉間の皺を一層深くしてこめかみに青筋を立てた。


   ◆◆◆


教室に忘れ物をして、講堂に直行できなかったマリナは、遅れて練習に参加した。

セドリック達が練習している姿を見て驚愕した。

――ど、どうしてレイモンドがいじめられているの?


「煙突掃除で真っ黒だな、マデリベル。なんて汚らしいんだ。美しい僕の傍に寄らないでくれ。汚いのが移るじゃないか」

セドリックがシッシッとレイモンドを追い払う。

「どうせ汚れると分かっているのですから、あなたに服など必要ありませんよね?部屋にある上着は私が着てさしあげます。あなたは庭師の爺さんが着古したシャツでも着ていなさい」

ハロルドがボロボロの服をレイモンドの顔目がけて投げつける。

「お前達、そんなドブネズミに構っている時間はないぞ。何と言っても今日はお城の舞踏会だ。着飾って王女様の目に留まるよう……留まるよ……とま」

「……おい」

ボロ服を手で払ったレイモンドが、跪きながらアレックスを睨み付けた。

「ひっ……」

「俺にこんな真似をさせておきながら、また台詞を忘れたのか?」

「うっ……せ、台詞が長くて……」

練習の様子を見つめているマリナ達には、レイモンドがイライラしているのが手に取るように分かった。

「よし、分かった。……セドリック、ハロルド、頼みがある。アレックスの台詞を代わりに言ってくれないか」

「台詞はすべて記憶していますから、構いませんが……」

「それだとアレックスのおいしいところが全然なくなってしまうよ?」

「仕方がないだろう?アレックスが演じる長兄が、一言でも話し出すと総崩れになってしまうのだからな」


その後も主役のマデリベル、もといレイモンドが進行を仕切る形で練習が進んでいく。

「レイ様大変だわ。生徒会のお仕事だけでも手いっぱいなのに……」

眉を八の字にするアリッサは、溜息をついて隣に座る姉を見る。

「いいぞ!兄様!アレックス、もっとやれ!」

マデリベルと兄達の格闘シーンに目が釘付けになっているジュリアは、もっと派手な技が出ないかと期待しているようだ。

「……はあ。劇が仕上がるのはいつなのかしら」

マリナは学院祭までの残り日数を数え、椅子で眠りこけているエミリーにそっと膝掛けをかけた。


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