160 悪役令嬢は鳥肌を立てる
「いかがです?ジュリア様」
笑顔で仮装の衣装を差し出す女子生徒に、ジュリアは引きつった笑顔で答える。相手は小柄な眼鏡っ子だ。迂闊なことを言って怯えさせてはいけない。
「い、いいねー」
目が泳いでいるのを見て、アレックスがくすくすと笑っている。
「こら!そこ!笑うな!」
「だって、お前……ははっ、本当にそれ、着るのか?」
手渡された衣装を持ち上げて広げると、花の形をあしらったミニスカートに深めのVネックの襟元とふんわりしたバルーンスリーブの、ところどころ紫や茶が混ざった赤のワンピースだった。背中には針金でできた縁に薄い布地を貼りつけた二対の羽根がついていて、妖精のような格好である。
「……どうしよう。うれしいけど、似合わない自信があるなあ」
「そんな、ジュリア様にお似合いですわ。抜群の敏捷性で相手を翻弄する姿に、悪戯妖精を重ねて……」
「うん、ありがとう。当日の着付けもしてもらえるの?後ろのボタンは留められないもん」
「ええ。私達が責任を持って、出場される剣技科の皆様の衣装を揃えてさしあげますわ」
「……やっぱ、それ、着るのか?」
アレックスは何とも言えない表情でジュリアを見ている。
「何で?いけない?」
「いけないっていうか……露出多くね?」
「脚には濃い色の靴下を合わせますわね。今穿かれているものと同じくらいの丈の」
「そっか。脚が見えるんじゃないんだ。じゃあ大丈夫だね」
「何が大丈夫だよ。スカートの中に何か穿けよ。み、見えるだろうが」
◆◆◆
ジュリア達が衣装の打ち合わせをしていると、レナードが慌てた様子で部屋のドアを開けた。
「よかった、着替えてなくて。二人とも、ちょっと来てくれる?」
「何かあったの?」
いつも余裕綽々のチャラ男のレナードが、部屋にいる女子生徒に声もかけずに、アレックスに耳打ちした。
「何だって?」
「最近大人しくなったと思って、俺も油断してたよ。ここまで準備が進んでいるのに」
「ねえ、二人だけで話してないで、私にも教えてよ」
自分より背が高いレナードの肩を掴み、ジュリアは彼の前に回り込んだ。
「あー、ジュリアちゃんに言うとややこしくなるかなあって……」
くりくりした瞳で斜め上を見つめ、レナードは脱力して息を吐いた。
「教えなさいよっ!」
「ジェレミーの奴が、二年と三年を巻き込んで、『仮装闘技場』をボイコットするって息巻いてるんだ。お客さんウケを狙って仮装をするのは、高潔な騎士の精神に反するとかって、あいつにしては賢そうなこと言い出してさ」
アレックスが顎に手を当て、ふうむ、と唸った。
「おかしいな。誰かの入れ知恵じゃないか?」
「私もそう思う。『仮装闘技場』は生徒会で考えて、学院長先生にも『いいぞ、ふぉっふぉっふぉっ……』ってお墨付きをもらった企画だよ。いくらバカでも、決まったことを変えられるなんて思わないよね」
「上級生を仲間にすれば潰せると思ったんだろうな。うちのクラスの学院祭委員が俺だけだったら簡単にどうにかできたかもしれないが、もう一人の委員はリオネル様だ。三年生の圧力に負けて企画を変えるとは思えない。……が」
レナードが口ごもった。
「が?」
「出場者が減るかもしれない。当日まで組み合わせ表が動くかもね」
『仮装闘技場』は最初から、勝敗がものを言う催しではなかった。仮装をした生徒達が、剣技で魅せる要素が強い。学院祭実行委員のレナードやジュリア達は、賛同できない生徒がいるのは知っていたが、ほんの一握りだろうと思っていたのだ。
「出れる奴は何回も出ろ、ってことになるかな」
「いいじゃん、アレックスが何回も出れば」
「俺かよ!」
◆◆◆
「へえ。これがジュリアちゃんの仮装なの?……これは何?ビヴァリーちゃん」
レナードの口から自然に他クラスの女子の名前が出て、アレックスが驚いている。
「これは妖精よ。ジュリア様によくお似合いでしょう?」
「さっすが!君は特徴を捉えるのがうまいね。形も完璧だ。こんな傑作を生みだしたのはどの指かな」
「えっ……」
「ああ、この白くて細い指先が、夢のようなドレスを生み出したんだね。素晴らしいよ!」
と言うが早いが、レナードはビヴァリーの指先に口づけた。
「あ、あのっ……ネオブリー様っ……」
真っ赤になっている彼女を見て、レナードは満足そうに猫目を細めた。
「忙しいのに、こんな大変なことを頼んでゴメンね?」
手を握ったまま、親指で手の甲をゆっくりと撫でていく。
「い、いえっ……」
「仮装の衣装を作るってなった時、これは君以外にいないと思ったんだ。もう、俺の頭の中が君でいっぱいになっちゃってさ」
クスッと笑い、レナードはビヴァリーを流し目で見つめる。
「はっ……あ、あのっ、私、頑張りますねっ!」
手直しをしていた誰かの衣装を胸元でぐしゃぐしゃにしながら、ビヴァリーは声を振り絞って叫んだ。
二人の様子を遠目で見ていたジュリアは鳥肌が立った腕を摩り、アレックスは頭を押さえて足元に目をやった。




