159 悪役令嬢は順位に吐息する
朝、寮に迎えに来てもらった流れで、マリナ達が食堂に前に行くと、『みすこん』の投票箱は、自らの仕事を終えていた。
投票用紙が内容ごとに纏められ、投票箱本体に開票結果が文字で浮かび上がり、鈍く光を放っている。
男子の投票箱
一位 セドリック・グランディ
二位 アレックス・ヴィルソード
三位 レイモンド・オードファン
四位 リオネル・ハガーディ・アスタス
五位 ハロルド・ハーリオン
次点 キース・エンウィ
女子の投票箱
一位 マリナ・ハーリオン
一位 アイリーン・シェリンズ
三位 グロリア・フォイア
四位 アリッサ・ハーリオン
五位 エミリー・ハーリオン
次点 ジュリア・ハーリオン
「やったぞ!僕とマリナが一位同士だ!ファーストダンスはもらったね」
セドリックがガッツポーズをし、マリナの手を取って破壊力抜群の笑顔を向けた。自分と妃候補に一票を入れてくれと王太子に言われて、従わない貴族がいるだろうか。全くもって彼の思惑通りの結果になった。
「審査会を終えてもいないのに、気が早いですわ、セドリック様」
「女子の一位が二人いるけれど、僕はマリナ以外と踊る気はないよ」
「ファーストダンスを踊るには、一位になりませんとね」
「勿論。全力で頑張るよ」
マリナの肩を抱き寄せ、こめかみに軽く口づけ……られずに遮られる。
「……殿下」
湿り気を帯びた低い声。いつもの義兄の声とは異なり、かなり怒っているようだ。
「お兄様……」
「私もかろうじて五位に入りましたので、マリナとのダンスをかけて、本気で臨みます。機会は平等のはずですから」
美しい金髪の二人が互いを牽制しあっている。バチバチバチ……と火花が見えそうな気がした。
「……三位、か」
レイモンドは厳しい瞳で投票箱を見つめている。自分の名前の上に、アレックスが来ているのが気に食わないらしい。
「四位……レイ様と同じ三位になれるように頑張らなきゃ!」
アリッサは気合を入れた。隣でエミリーが面倒くさそうに舌打ちをした。
「どうしたの?エミリーちゃんも五位に入ったのに」
「『みすこん』なんて出たくないし。ジュリアに譲る」
他の男と踊ったとマシューが知ったら、過保護がヤンデレに移行しそうで怖い。釈明するのも面倒で仕方がない。
「ええっ?私?」
「……アレックスと踊るなら、五位以内に入るべきだ」
「そりゃそうだね。アレックスが二位に入っちゃったし」
「入っちゃったって何だよ。不満なのか?」
アレックスはジュリアの顔を覗きこむ。顔つきがこの頃特に精悍さを帯びてきている。背が急激に伸びてきたせいもあるかもしれない。
「……やっぱ、カッコいいわ」
「は?」
「だーかーらー、アレックスがカッコいいって言ってんの」
人差し指で彼の鼻先を押す。ボタンを押されて反応したかのように、アレックスの顔が真っ赤になる。
「そ、そうか、うん……」
顔を背けて掌で覆っている。金色の瞳が狼狽して揺れた。
◆◆◆
「リオネル殿下!殿下はどなたと踊りたいと思われますか?」
開票結果を知った女子生徒に、廊下で囲まれたリオネルは、うーん、と言葉を濁した。
「僕は……そうだなあ。グロリア嬢がいいな」
「グ……グロリア様ですか?」
「あの、剣技科三年の女帝と言われる……」
普通科の女子生徒達は表情を強張らせる。『剣技科』で『あの』グロリアに勝てる者などいないのである。
「だってさ、美人だし、強いし、なかなかいないよね」
リオネルは無難な回答をしてにっこり笑った。
「か、可愛い……」
女子生徒の一人が堪えきれずに呟いてしまう。
「皆は僕に投票してくれたのかな?ありがとう。審査会も頑張るね」
再び、にっこり。女子生徒達は吐息を漏らしている。
「おい、コラ」
リオネルのシャツの襟元が後ろから掴まれる。
「んぐっ……何だよ、ルー。皆とお話していたのに。ははあ、さては投票で選外だったから拗ねてるんでしょ」
「拗ねてなどいない。誰かのように女子に媚びる気もないからな」
青い瞳が眇められ、不機嫌になっているのが分かる。
「なーんだ。僕が彼女達と仲良くするのが気に食わない、ってだけか」
「なっ……」
図星である。リオネルは女子に愛想がいい。ルーファスが何度言っても、リオネルはナンパをやめないのである。
「ごめんね?ルーの気持ちに気づかなくて」
上目づかいで見るだけで、ルーファスは視線を彷徨わせる。そのまま彼のネクタイを引いて、耳元で
「女だとばれないためのカモフラージュだよ」
と囁く。
女子生徒達からは、耳にキスしているようにしか見えない。
「グロリア嬢は素敵だけど、僕にはルーの方が大切だからね」
と言うと、キャーッと悲鳴が上がった。
◆◆◆
マリナとアリッサを一年の教室へ送り届けたセドリックとレイモンドは、階段を上がりながら小声で会話していた。ハロルドは授業の前に医務室へ寄ると言っていなくなった。
「一位が二人、レイはどう思った?」
「あの女がそこまで人気者には思えないが」
「そうだね。僕も裏があるんじゃないかって思う」
「どうせ卑怯な手を使っているんだろう。それほどまでにお前と踊りたいとはな」
肘で小突かれ、セドリックは不機嫌になる。
「僕はゴメンだよ。あーあ。今年こそ学院祭でマリナとファーストダンスを踊れると思っていたのになあ」
少しだけ癖のある金髪を指でかき上げ、大げさに溜息をついた。
「去年は結局、踊らなかったな。全校の女子生徒がお前のパートナーに選ばれるのを密かに期待していたのに」
「噂はどこから漏れるか分からないよね。僕が他の令嬢と踊ったと、マリナの耳に入ったら……『その方とどうぞお幸せに』って身を引かれてしまうじゃないか。一時のダンスの相手を選んだだけで、彼女の信頼を失いたくない」
「ハロルドは本気だぞ。ハーリオン侯爵は彼の能力を評価しているし、娘が夫にと選んだら陛下を説き伏せてでも結婚させてやろうとするはずだ。あの家は皆、権力欲がないからな」
「マリナは僕と幸せになるんだ。……他の男なんて近づけさせてたまるものか」
一瞬セドリックの青い瞳が昏い輝きを放った。レイモンドはやれやれと肩を竦め、
「せいぜい頑張れ。俺は適当なところで抜けさせてもらうからな」
と気怠く言い放った。




