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悪役令嬢が四つ子だなんて聞いてません!  作者: 青杜六九
ゲーム開始前 1 出会いは突然じゃなくて必然に?
30/616

22-2 悪役令嬢とピンクのドレス(裏)

【ハロルド視点】


国王陛下に呼ばれて王宮に行き、帰ってくると必ず、義父上は書斎に籠られる。

政治には関わらないと決めているのに、こうも頻繁に陛下からお召しがあるのはなぜなのか。私はそれとなく尋ねた。

「我が家から、王太子妃が出るとは……」

癖のある髪をかき上げ、がっくりと項垂れる義父上に、私はかける言葉が見つからない。

「王家から打診があったのですか」

筆頭侯爵家であるハーリオン家ならば、家格からして未来の王妃に不足はない。公爵家に年頃の令嬢がいない以上、お鉢が回ってくるのも頷ける。

「前に、マリナが私に忘れ物を届けに、王宮へ行った日があっただろう。ほら、晩餐会でお前をお披露目した日だよ」

「昨日のことのように覚えております」

血に飢えた獣のような令嬢達の視線を思い出し、私は背筋が凍った。あれこれ理由をつけて、公の場には出ないことに決めている。

「あの日に、王太子殿下がマリナを見初めたようだと」

「マリナは殿下に会ったのですか?」

「どうもそうらしい」

何だって?

マリナは一言も言っていなかったぞ。

詳しく聞かなかった私の手落ちではあるが、よりによって王太子と知り合うとは。

知り合うだけならまだしも、見染められただと?

「私見ですが、王太子殿下が妃候補を選ばれるには、時期尚早なのではないでしょうか」

「ふん。私もそう思うがな。陛下は聞く耳をお持ちでない」

一人息子の我儘に応えてやりたい親心というやつか。

「王太子殿下でなくとも、美しく聡明なマリナを見れば誰もが心を動かされるでしょう。あと二、三年もすれば、多くの貴族令息から婚約の申し込みがあるに違いありません。今すぐに決めなくてもいいのではありませんか。何も王族に嫁ぐだけが幸せとは限りません」

「しばらく時間をくれと言ってある。陛下は私と懇意にしてくださっている。友人の頼みを無碍にするようなお方ではないよ。……お前は特にマリナと親しいようだから、妹を取られるのではないかと心配なのだな。大丈夫だ、安心しなさい」

到底安心できるものではない。時間を置いても結論は同じなのではないか。

私の頭を撫でる義父上は、まだ何か考え込んでいるようだ。娘を王妃にすれば、否応なしに権力に媚び諂う輩が義父上を取り囲むだろう。政治に無関心な中立派を通しているハーリオン家も、貴族同士の争いに巻き込まれるのが必至だ。思い悩むことも多いだろう。

ああ、だが。問題はそこではない。マリナだ。

どうしてもマリナに直接問いただしたい。王太子妃になるつもりなのかと。


   ◆◆◆


義母上が王妃様から茶会に招かれ、妹達を連れて行くことになった。

ジュリアを中心に、「お茶会ボイコット運動」が繰り広げられたものの、功を奏した様子はない。仕立屋に作らせた揃いのワンピースを着せられ、不満そうに階段の手すりを滑り降りたジュリアが、執事のジョンに叱られていた。


「どうしたのです。あなたらしくない。そんなに落ち込んで、可愛い顔が台無しですよ」

廊下でぼんやりしているマリナに声をかけ、すべすべした頬を突く。私の気持ちを代弁したかのように、彼女は王宮に行きたくないと言った。

「そうですか。……私もあなたを行かせたくはありません」

私達は以心伝心なのか。

嬉しくなって小さな耳と細い首を撫でる。この身体のどこもかしこも、私のものだと言ってやりたい気持ちになる。

――王太子に渡してなるものか。

「私があなたを攫って何処かに閉じ込めたら、行かなくてもよくなりますよ?」

つい本音が漏れる。

――性急すぎたか。

驚いたマリナが身を固くし、義母上の用事を理由に逃げようとする。

逃がさない。咄嗟に腕を掴み抱き寄せる。

「行かせたくない……」

「お兄様、放して……」

腕の中で身じろぎする彼女から、仄かに花の香りが漂う。王太子に会うためにドレスも髪も香水も用意したのか。

「義父上が言っていました。あなたが王太子妃候補になるかもしれないと」

びくりとマリナの身体が震えた。

――ああ、思い当たる節があるのか。

王太子との一件を、私には一言も言わないでいたのだな。私はあなたの全てを知りたいのに。

王命が下っても断ると言う彼女だが、お妃教育を受けているのに断れるわけがない。妃に選ばれても誰もが認めるであろうマリナを褒めれば

「お兄様の贔屓目です」

などと謙遜する。

なおも逃げ出そうとする彼女を抱きしめ、アメジストの瞳を真っ直ぐに見つめる。

「贔屓などと……あなたはいつも、私の言葉を真に受けてくださらない。どうすれば、私の言葉を信じてくださいますか」

あなたは素晴らしい。手放しで褒めても、マリナは私の話を半分しか聞いていない。

義兄妹の間柄である以上、彼女への想いは口に出してはいけない。しかし、義弟が生まれてからというもの、マリナへの想いがこの家で私が生きるよすがになっていた。

「か、家族は、どうしても贔屓目で見てしまうもので……」

「私はあなたを妹だなどと思いたくはありません」

即座に否定する。

マリナが息を呑む音がした。

潤んだ瞳が瞬かれ、小さな唇が私の名を呼ぶ。

「ハリーお兄様」

だから兄ではないと言ったではないか。

――兄などと呼ばせないよう、口封じしてしまおうか。

私はマリナの赤い唇に意識を向けていた。が、

「お兄様のお眼鏡に適うよう、これからもレッスンに励みますわ。ですから、私を妹と認めてくださいませ」

と彼女は早口で捲し立てると、力を失くした腕を振り切り、不意を突かれた私を残して立ち去った。


抱きしめられて、妹だと思っていないと告げたのに、ひょっとしてまだ私の気持ちに気づいていないのだろうか。私のやり方が間違っていたのか、手緩かったのか。王太子に横からマリナを奪われたくはない。もっと精進しなくては。


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