154 悪役令嬢と垢抜けない宝石
女子寮の前で繰り広げられる、王太子以下四名の貴公子達とハーリオン侯爵家四姉妹の登校挨拶は、毎朝数十人の見物人が見守っていた。入学当初は大勢いたが、次第に少なくなってきていた。
ところが、今日は彼らのざわめきが大きい。
「あれ、何かあったのかな?」
「ジュリアちゃん見てきてよ」
「やだ。エミリー行けば?」
「……関わりたくない」
ジュリア、アリッサ、エミリーが、寮の玄関から一歩踏み出すと、いつも通りにレイモンド達が笑顔で迎えてくれた。
「何も変わらなくね?」
「何だよ、ジュリア」
「アレックスは気づかないかな?何か今日、集まってる皆が騒がしいんだけど」
「あー。あれじゃないか?」
アレックスは肩をすくめて向こうを指す。事態を把握したジュリアは、口の端が引き攣るのを抑えられなかった。
「おはよう!マリナ」
セドリックは今日も輝く王子様スマイルでマリナを迎えた。
「おはようございます、セドリック様」
言いきらないうちにマリナの手が取られ、指先に素早く口づけられる。しかし、口づけたのはセドリックではなかった。
――!!!
「おはようございます、マリナ。朝からあなたにお会いして、今日も素敵な一日になりそうです」
ハロルドは妖艶な笑みを浮かべた。
「……お、お兄様、おはようございます」
「ふふ、びっくりしましたか?」
「当たり前です」
「レイモンドに誘われても、皆さんと一緒に登校すればご迷惑になってしまうと思い、遠慮しておりました。ですが、蔓延る悪からあなたを守るために、決断したのです」
「はあ……」
――蔓延る悪って、どこのヒーロー物よ。
義兄は正義感に燃えているらしい。それでも走れないのでは悪を掃討できないのではないかとマリナは苦笑いした。
「ゆっくり歩きたいなら、後ろからくればいいよ」
「セドリック様!」
不満そうなセドリックは、ハロルドを置き去りにしたいのか、速いペースで歩き出す。追いかけるマリナの横に、ハロルドが並んで耳打ちする。
「脚は、ロン先生が気にかけてくださいまして。何度か治癒魔法を施していただいたのです」
「では……」
ふふっ、と笑うと義兄は目を細めた。
「殿下を追い抜くこともできますが……今日はやめておきます。あなたの隣を独占したいので」
◆◆◆
「ジュリア、これ」
歩きながら他愛もない話を続けていたジュリアに、唐突にアレックスの拳が突き出された。
「うぉっと、何?」
「手、出して」
言うが早いが手首を掴まれ、手のひらを上に向けさせられる。何か生温かいものが落ちてくる。
「ペンダントだ!昨日やっと届いたんだ!」
キラキラキラキラ……。
アレックスは白い歯を見せつつ、青春小僧丸出しのやんちゃな笑顔でふんぞり返っている。自室からずっと手に握りしめてきたのだろう。金属が生温かいのはそのためだ。
「……ありがとう」
「嬉しそう……じゃないな」
――アイリーンに狙われる条件を増やしてしまった……。
「う、嬉しいに決まってんじゃん。早速つけるね」
見られないうちに首につけて、制服で隠してしまおう。
「つけてやるよ」
首の後ろの留め金に苦戦していたジュリアの手を優しく包み、アレックスはペンダントを婚約者の首につけた。胸元で赤い石が揺れる。大粒のルビーを金細工の土台が支えている。若干垢抜けないデザインだが、ファッションに疎いアレックスの選択だろうか。
「わあ、なんか照れる……」
「思っても言うなよ!こっちが照れるだろ」
慌てて自分の首から手を引こうとするアレックスの腕を、ジュリアはがしっと掴んだ。
「へへ……ぎゅってして、いい?」
「え?」
アレックスがいいとも悪いとも言わないうちに、ジュリアは彼の手を自分の背中に回し、逞しい胸に抱きついた。身長差が開いてきたのか、この頃ではジュリアの目の高さにアレックスの胸板が見える。
「心臓の音、すっごいね」
「だから、思っても言うなって言ったろ!」
真っ赤になって照れながらも、アレックスはジュリアの銀髪を愛しそうに手で梳いた。
◆◆◆
昼休みに食堂へ向かったマリナ達は、『みすこん』の投票箱に長蛇の列ができているのに驚いた。昨日よりも列が長く、女子の投票箱だけが混雑しているようだ。
「盛況だな」
レイモンドが呟く。
「この調子だと、明日を待たずに全員が投票を済ませそうだな」
投票箱は魔法がかかっており、一人一票しか投票できないが、全員の投票が終わるか期限が来れば、中の票を自動で集計してくれる。生徒会役員選挙の時のように、同時に記入して投票用紙を羽ばたかせる魔法とは違い、少し地味だが便利なものだった。
「女子生徒はまだの子が多いみたい。私も迷っちゃうなあ……」
「おい」
もじもじしているアリッサをレイモンドが呼び止める。
「君は俺一択だろう?違うのか、アリッサ」
心なしか緑の瞳に焦りの色が浮かぶ。
「レイ様が他のご令嬢と踊るのは……嫌なんです」
眼鏡の奥の瞳が優しく細められ、長い指が銀髪を撫でた。
「何だ、そんなことか」
「そんなことって、私には大問題なんです!レイ様が優勝しなくても、上位五名は同じ順位の方と組んで踊るから……」
俯いて瞳を伏せた。自分が五位以内に入れるはずもないし、攻略対象のレイモンドは女子の人気もあり上位に入るだろう。
「嫉妬か?君は本当に可愛らしいな」
アリッサの前髪を掻き上げて、レイモンドは額に唇を落とす。
「レ、レイ様……皆見ていますよっ」
「昼食の前に君を……と思ったが、今日は額だけに留めておこう」
――君を、って、な、何ですか?レイ様!
かあっと顔に血が上る。アリッサは両頬を押さえて、余裕たっぷりの婚約者を見上げた。
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