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悪役令嬢が四つ子だなんて聞いてません!  作者: 青杜六九
学院編 6 演劇イベントを粉砕せよ!
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148-2 悪役令嬢は疑念に囚われる(裏)

【セドリック視点】


三年のスタンリー・レネンデフォールとは、殆ど話したことがなかった。ぼさぼさの金髪を後ろで結び、分厚いレンズの眼鏡をかけている。制服はもう少し大きさが合うものを着たらいいだろうに、腕も脚も随分長さが足りないようだ。

レイモンドが彼に学院祭の劇の脚本を任せたと言っていた。彼の父は王都にある劇場の支配人で、母は舞台女優。幼い頃から演劇を見て育ったらしい。本人は大衆演劇が好きで、市場に時々やってくる芝居小屋に入り浸っているとか。『才能はあるがいろいろと残念な男だ』というのが、レイモンドがつけた彼の評価だ。


学院祭の前の今になって、彼が僕に接触してきたのには理由があった。

「演劇?僕が?」

「はい。ぜひ、殿下にご出演いただきたいのです!」

スタンリーの瞳が眼鏡の奥で煌めいた。

余程演劇が好きなのだろうと思う。だが。

「悪いが、僕は生徒会の仕事が忙しくてね。演劇の練習には出られそうにないよ」

「ご心配には及びません!殿下は王子の役ですから、出番は最後の短い時間だけです」


何の話だと聞くと、スタンリーは饒舌に語りだした。昔からある継子いじめ物語の『マデリベル』に、彼らしい改変を施したのだとか。

「台詞は少ないんだね?」

「舞踏会でマデリベルに名前を訊ねるところと、マデリベルを探し出した後に一言、それだけですよ。立ち位置さえ覚えれば、殿下なら問題はありません。オーラが違いますから」

「うーん……」

決断を渋る僕にスタンリーは畳み掛ける。

「相手役は殿下にお選びいただいて構いません」

何だって?

僕の顔色が変わったのを、スタンリーは見逃さなかった。それほど目がいいなら眼鏡など要らないのではないか?

「……分かった。劇に出よう。相手役は……」

「分かっておりますとも!」

スタンリーはにっこり笑って僕に頭を下げ、弾んだ足取りで教室から出て行った。


   ◆◆◆


学院祭の準備は滞りなく進んでいた。リオネル王子が『みすこん』なるものをやりたいと言い出した。勉強不足で分からなかったが、アスタシフォンではそのような催しがあるのかもしれない。実行委員の会議で内容を決め、後夜祭のファーストダンスをかけて順位を争うこととなった。ファーストダンスは僕とマリナが踊るものだとばかり思っていたが、一位を取らなければマリナが他の男と踊ってしまう。

うかうかしていられない。僕は生徒達に丁寧に接することにした。

人気取りだと罵られてもいい。人気投票で五位以内に入り、『みすこん』で優勝してマリナと踊るためなら、少しくらい他の令嬢に優しくしてもいいだろう。


マリナの表情が日に日に暗くなっていくのを僕は見逃していた。


アイリーン・シェリンズが妙な動きをしているようだとレイモンドから忠告を受け、アリッサが階段から落とされた事件の後は、授業中以外はマリナと行動を共にするようにしていた。僕が傍についていれば、シェリンズも手出しはできないだろうと思われた。

朝の登校時も、昼の食堂でも、放課後の学院祭の準備でも、アイリーン・シェリンズはマリナの存在を無視して僕に話しかけてきた。

「セドリック様はお忙しいので、不要不急のお話は控えてくださるかしら」

マリナがやんわりと諭しても、シェリンズはまるで彼女がそこにいないかのように、視線すら向けずに僕の腕にしがみついてきた。作ったような猫なで声で僕の神経を逆撫でする。

「放してくれないか」

「そんなぁ。本当は私と一緒にいたいのに、婚約者に遠慮なさっているんですね」

ちらり、とマリナを見る瞳は、悪魔のように冷たかった。


シェリンズがいない時でも、マリナは僕と視線を合わせようとしなくなった。

常に周囲に目を光らせ、怯えるような表情をしている。確証はなくとも、アリッサを階段から突き落としたのはシェリンズなのだ。彼女がハーリオン四姉妹に向ける憎悪は度を超している。次は自分だとマリナが思い込むのも無理はない。


シェリンズを学院から追放し、マリナや妹達の前に現れないようにできないものか。レイモンドとアレックスも同じことを考えているようだった。いや、アレックスは何も考えていないか。

夜、殆どの寮生が寝静まった頃、僕の部屋に二人を呼んだ。

レイモンドがアリッサから聞いた話では、エミリーは既に何度かシェリンズの標的にされているとのこと。ジュリアは直接何かされたことはないが、アレックスが魔法にかけられたことがある。アリッサは歓迎会で弾いたピアノを魔法で変えられ、先日階段から突き落とされた。いずれも証拠や目撃者がなく、シェリンズの犯行だと断定しにくい。二人が口を揃えて言った。次はマリナの番だと。


   ◆◆◆


その日も女子寮の前に現れたマリナは浮かない顔をしていた。

「おはよう、マリナ」

愁いを吹き飛ばそうと明るく挨拶をしたが、彼女は反応しない。すぐ目の前に立って顔を覗きこむと、やっと僕に気づいてくれた。

「……っ!お、おはようございます、セドリック様」

「どうしたの?もしかして、疲れているのかな」

毎日僕の予定に付き合わせてしまっている。生徒会の用事だけならともかく、王族としての公務にも特例で同行してもらっている。将来、王太子妃として公務をこなすだろう彼女には予行演習になる、と。

「いえ……何でもありませんわ」

アメジストの瞳が揺れる。女王然とした彼女も素敵だが、少し翳のある弱った顔をした彼女も堪らなく美しい。

「不安があるなら話して。僕に解決できることなら、必ず……」

言い終わらないうちに、凛とした声が響いた。

「結構です!」


強い拒絶だった。僕は自分の無力さを思い知らされた。

「僕の力では、君を笑顔にできないのかな」

視線を落とすと、マリナの狼狽した囁きが聞こえた。

「ち、違います。私は、その……セドリック様の……」

僕の?

はっとして顔を上げる。一瞬視線が絡み、瞳が見開かれた。

「お気持ちを量りかねているのですわ。劇の脚本を見て」

「劇?ああ、スタンリーが脚本を書いたんだよね」

「配役では、王子役がセドリック様、主役のマデリベルはシェリンズ嬢でした。セドリック様が彼女を指名されたのですか?」

――指名?何のことだ?

僕はスタンリーにはっきりとは言わなかった。だが、全校生徒が僕とマリナの仲を知っている。王太子妃候補はマリナただ一人なのだから。

「マリナ……」

震えながら僕を見るマリナの瞳は濡れていた。

ああ、情けない。こんなにも彼女を不安にさせてしまった。

「答えてください。さあ!」

声が僅かに鼻声になり、潤んだ瞳から涙が溢れそうだった。

――どうしよう。嬉しい。

マリナがこれほど、僕に対して感情をぶつけてくることはなかった。嫉妬されて嬉しいなど、僕も最低な男だ。にやけてしまいそうな顔を見られたくなくて背けた。

「あっ……」

足音がして、声を上げる。

校舎へ向かって走り去るマリナの背中が、次第に小さくなっていくのを僕は呆然として見つめていた。


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