22 悪役令嬢とピンクのドレス
かくして。
四姉妹は「お母様行かないでぇ~」とごねたものの失敗し、王妃の茶会に参戦することになってしまった。今日はピンクのドレス、というより多少汚してもいい揃いのワンピースを着せられて、四人とも背中まである銀髪を下ろし、ピンクのリボンをつけている。
「ピンク、嫌だわ……替えてもらえないかしら」
マリナが不快そうに舌打ちした。令嬢らしからぬ振る舞いである。前世の彼氏をピンクフリル系女子に盗られてから、女子力を高めるピンク色が大嫌いなのだ。
「ヒロインじゃあるまいし、ピンクなんてねー」
ジュリアもひらひらしたスカートをめくったり下ろしたりして落ち着かない。いつも男の子の服を着ているためか、足元がスースーしてお腹が冷えそうだ。
「銀髪には青が似合うと思う。私は黒が好き」
エミリーが幻覚魔法でドレスを黒に変え、口の端を上げて満足げに頷く。
「いいなあエミリーちゃん。私のドレスも色変えて~」
パステルグリーンのドレスにして、とアリッサが言った瞬間、部屋に侯爵夫人が入ってきた。エミリーのドレスを見るなり呪文を詠唱し、元のピンク色に戻してしまう。
「ちぇ」
「今日は皆でお揃いにするの。わかった?今日のために注文したドレスなのよ」
連日の育児で疲れているはずなのに、侯爵夫人は娘達に優雅に笑った。
◆◆◆
「王太子に会いたくない……」
居間から出てマリナは壁に凭れた。
落ち込んでいては、母や妹達に心配をかけてしまう。
今朝の夢見は最悪だった。結局あの後、一睡もできなかったのだ。眠い。おかげで朝食時にはハイテンションで皆に話題を振り怪しまれた。多少変なテンションのまま今に至る。
天井の装飾をぼんやり眺めていると、
「マリナ」
義兄に声をかけられた。
呼び方を「マリナさん」から「マリナ」に変えた時から、ハロルドはマリナに遠慮しなくなっている。今も腕が密着する距離で、マリナの横に立った。
「どうしたのです。あなたらしくない。そんなに落ち込んで、可愛い顔が台無しですよ」
言葉づかいは相変わらず丁寧だが、態度は大胆だ。平気でマリナの頬をつついている。
「王宮に行きたくないだけです」
「そうですか。……私もあなたを行かせたくはありません」
頬をつついていた手が開かれ、耳から首筋を撫でられる。まるで恋人を愛しむかのように。
「私があなたを攫って何処かに閉じ込めたら、行かなくてもよくなりますよ?」
青緑色の瞳を細めて艶やかに笑う義兄に、マリナはぞっとした。
ナニコレ!監禁予告?
侯爵家の邸内に監禁されるなんて聞いてないし。
ああ、この人隠しキャラなんだっけ?どんなストーリーになるか予測不能なのよね。
誰にも知られない場所に死ぬまで監禁なんて悲劇すぎる。勘弁してほしい。
「でも、皆も行くんですよ。私が行かないわけには」
とにかく、話を強制終了することに決めた。
「お母様の準備を手伝うよう頼まれていましたわ……失礼しますわね、お兄様」
遠ざかろうとして手首を掴まれる。
ぐん、と身体が引かれ抱きすくめられる。
「行かせたくない……」
耳元にハロルドの吐息交じりの声が聞こえる。
この声は心臓に良くない。体勢もだけど。
「お兄様、放して……」
「義父上が言っていました。あなたが王太子妃候補になるかもしれないと」
知らない、何それ。
マリナは今朝の夢を思い出して身震いした。
「王太子殿下はあなたより一つ年上で年回りもいいし、国王陛下は何度か義父上に打診されているらしいのです」
「私はお断りです」
「国王の命令を、侯爵家が断れると思いますか。黙っていればあなたは順調に王太子妃になるでしょう。義父上があなたに施した教育は、実質上の王太子妃教育と言っていい。あなたが並み居る貴族の前でお披露目されれば、誰もが素晴らしい令嬢だと褒め称えるでしょう。あなたは完璧だ」
ハロルドがマリナを褒めるのはいつものことだった。だが、言葉に籠る熱が違う。身体から伝わる熱と相まって、マリナは冷静な思考ができない。
――とにかく腕の中から抜け出なければ。
「お兄様の贔屓目です」
身じろぎするも身体が離れない。日頃鍛えていない義兄の腕に力が戻り、さらに密着するように抱きしめられてしまう。
くしゃり、と側頭部の髪が撫で上げられ、瞳を覗き込まれる。
「贔屓などと……あなたはいつも、私の言葉を真に受けてくださらない」
義兄の目に暗い炎が見えた気がした。
「どうすれば、私の言葉を信じてくださいますか」
――どうしよう、お兄様、軽く病んでるよ。
マリナは泣きたい気持ちになった。腕からは逃れられず、視線からも逃れられず、問いかけからも……誰か来てくれと本気で願った。
「か、家族は、どうしても贔屓目で見てしまうもので……」
「私はあなたを妹だなどと思いたくはありません」
――ヒッ。
と心の中で叫んだ。
義兄の静かな、それでいてはっきりと言い切る主張に、マリナの全身から汗が噴き出す。
ダメだ、これは。
この先を言わせてはいけない気がする。
「ハリーお兄様」
わざと兄を印象づけるよう名前も呼ぶ。
「お兄様のお眼鏡に適うよう、これからもレッスンに励みますわ。ですから、私を妹と認めてくださいませ」
毅然とした態度でハロルドを見上げれば呆気にとられているようだった。腕の力が緩んだのを感じ、すぐに一礼してその場を早足で立ち去る。
「すっごーい、マリナちゃん……」
廊下の角で、アリッサが様子を窺っていた。所謂修羅場覗きである。
「あれって躱せたのかな」
ジュリアが首をひねる。躱せたようにも思えない。廊下に屈んだせいで、ドレスは皺になって汚れている。
「どうだろう。義兄は告白に持っていきたかったようだけど」
エミリーは残念そうに溜息をつく。
「マリナちゃんが王太子妃かあ。やっぱり物語からは外れないのかなぁ」
アリッサは口元に拳を当てて悲しそうに眉尻を下げた。
「……ジュリア、どうした?」
腹を抱えて蹲るジュリアに、エミリーが声をかける。
「超お腹痛いっ。私、今日は変なもの食べてないのに!」
「昨日の分じゃないの」
「お庭の名前も知らない実なんか食べるから」
「あれは前も食べたから慣れて……じゃない!痛い!」
騒ぎを聞きつけて侍女が集まってくる。エミリーが義兄のいた方を見れば、彼の姿はすでになかった。




