148 悪役令嬢は疑念に囚われる
「学院祭の演劇は重要なイベントの一つなの。本番まで何度も練習がある上に、私達……ハーリオン侯爵令嬢による妨害イベントもあるわ。ヒロインは妨害をされる度にヒーローに助けられて、二人の仲が深まるのよ」
「深まるも何も、殿下はアイリーンを嫌ってると思うよ?」
「私もそう思う。少なくともいい感じには思っていないかな」
エミリーが脚本ノートを見つめて黙り込んだ。
「エミリーちゃん?」
「……魔法、使う気か?」
「魔法って、前にアレックスにかけたやつ?あんなの使われたら殿下だってヤバいって!」
「魅了の魔法よね?アレックス君は魔法が使えないからかかりやすくても、王太子殿下はどうなのかしら」
「セドリック様は光魔法を使えるから、発動すれば気づく……と思うけど。防ぎきれるか微妙ね」
四人が神妙な面持ちになったところで、寝室のドアをノックする音がし、
「お嬢様方、お客様がいらっしゃ、あ、お待ちください!」
というリリーの慌てた声が聞こえた。
「何かしら」
バン!
勢いよくドアが開いた。
そこに立っていたのは、侍女のような黒いワンピースに白いエプロン、伊達眼鏡をかけたリオネルだった。
◆◆◆
「この格好ならいいかなって、着替えてきちゃった」
屈託なく笑うリオネルは、すっかり普通の美少女である。
「誰かに見咎められたら、女装癖のある王子だと思われてしまいますわよ」
「いいの。皆と話したかったんだからさ」
「リオネルは劇の話聞いてる?エミリーが脚フェチから脚本をもらってきたんだ」
ジュリアはスタンリーの名前を覚えられず、とりあえず脚フェチ呼ばわりすることにした。
「どれ、見せてよ」
ノートに目を走らせ、リオネルはうーん、と唸った。
「やー、ここまでとは思わなかったな」
「アイリーンのこと?」
「そ。どうやってスタンリー?に自分を売り込んだか知らないけど、いきなり主役に名前を書かせるなんてさ。これ、本当は王子が抜擢する展開なんだよね。覚えてないかなあ?」
「言われてみれば、そのような気も……」
「王子役にセドリックが決まった時、まだ主役は空欄だった。セドリックはヒロインを主役にしようとするけど、婚約者の悪役令嬢が出しゃばってきて、結局、二人を競わせて上手な方を主役にするんじゃなかった?……ネットの受け売りだけど」
リオネルは『とわばら1』をプレイしていない。『2』では競わせていたのか。
「そうなの?マリナ」
「ゲームではすぐに主役になっていたから……競っていたなんて知らなかったわ」
「マリナちゃん、ゲームでも王太子殿下に溺愛されていたものね。好感度が高すぎると悪役令嬢も絡まないのかしら?」
「アイリーンは好感度が低すぎるのに劇イベントなんて起こせるの?……もしかして、殿下も少しはアイリーンが気になってるんじゃない?」
「そんな……」
全員が再び沈黙した。
「ところで」
沈黙を破ったのはリオネルだった。
「この脚本、明日までは手元にあるんだよね?」
「……私が、明日持っていく」
エミリーが面倒くさそうに言った。
「じゃあ、配役や筋書きを書き変えるのもありってことだよね?」
大きな瞳が悪戯っぽく輝いた。
◆◆◆
翌朝。
マリナは憂鬱だった。
昨晩の話し合いで、アイリーンが多少なりとセドリックに好感をもたれていなければ、劇イベントが起こらないと気付いたからだ。
――セドリック様は、アイリーンのことを……。
好いてはいないと思いたいが、学院祭実行委員として攻略対象の周りにアイリーンが纏わりつく姿を何度も目撃している。自分がいない時にはもっとセドリックは狙われているだろう。
ロイドを操って盗んだ髪飾りをセドリックに渡し、アイリーンは二人の間に波風を立たせようとしたが失敗に終わっている。最終的に彼が自分を信じてくれたように、自分も彼を信じたい。
――信じ切れていないのだわ。
悪役令嬢である自分は、最後には婚約破棄の上みじめな死に方をする運命にある。セドリックの気持ちがアイリーンに傾くのも、ゲームの筋書き通りなのだ。
――時間の問題、なのかしら?
「おはよう、マリナ」
きらきらした笑顔を向けて明るく挨拶をしてきたセドリックに気づかず、マリナは考え事をしていた。
「……っ!お、おはようございます、セドリック様」
「どうしたの?もしかして、疲れているのかな」
学院祭を前にして生徒会の仕事は格段に増えた。セドリックも同じように仕事をこなし、かつ王太子として公務もこなしているのだから、攻略対象の中でも超人ぶりは群を抜いている。
「いえ……何でもありませんわ」
「不安があるなら話して。僕に解決できることなら、必ず……」
「結構です!」
不安の原因はあなたにあると言ってしまいたかった。焦りからついきつい口調になってしまう。セドリックは悲しげに瞳を伏せた。
「僕の力では、君を笑顔にできないのかな」
――あ……いけない、このままでは……。
寮の前に毎朝集まる野次馬の群れの中に、ピンク色の髪を見た気がして、マリナの焦りはさらに高まった。
「ち、違います。私は、その……」
何と言ったらいいのだろう?あなたの浮気を疑っています、とでも言うべきか。
「セドリック様の……」
浮気、と言いかけて、マリナは慌てて言い直した。
「お気持ちを量りかねているのですわ。劇の脚本を見て」
「劇?ああ、スタンリーが脚本を書いたんだよね」
「配役では、王子役がセドリック様、主役のマデリベルはシェリンズ嬢でした。セドリック様が彼女を指名されたのですか?」
アメジストの瞳にじっと見つめられ、セドリックは狼狽えた。睫毛が濡れているように見える。
「マリナ……」
「答えてください!」
セドリックは気まずそうに視線を逸らし、口元を手で覆った。
――これ、は……。
認めたということだろうか。
目の前が真っ暗になったマリナは、セドリックや妹達が止めるのも聞かず、校舎へ向かって走って行った。




