147 悪役令嬢は配役に絶句する
ぼふん。
「はー、極楽極楽ぅ」
夕食を終えた四姉妹は、順番に入浴を済ませた。パジャマに着替えたジュリアは、ベッドに身体を投げ出した。
「お風呂ぐらいで天国に行けるのねぇ」
「ジュリアは単純だからな」
ベッドに腰掛けてリリーに髪を整えてもらっているアリッサと、魔法球をお手玉しているエミリーは呆れ顔で姉を見ていた。
「委員の仕事はどう?準備は進んでる?」
湯上りのマリナがエミリーの隣に座る。片側に纏められた銀の髪から、ほんのりとバラの香りが漂う。
「脚本、取ってきた」
「スタンリー先輩に頼んでいたわよね」
「そう。……もう、あいつには会いたくない」
スタンリーのことを考えるだけで眉間に皺が寄る。
「あら」
「エミリーちゃんの大ファンなんだって。レイ様が言ってたよ?」
「ふーん。モテるねー、エミリー。マシューといいキースといい、モテ期来てんじゃね?」
ベッドに寝転がったまま頬杖をついたジュリアが、にやにやしてはやし立てた。
「……うるさい」
お手玉していた緑の魔法球をジュリアに向かって投げつける。風魔法の衝撃にジュリアが唸った。
「ねえ、劇の脚本見せて?」
アリッサがすり寄る。エミリーは仕方ないなというように息を吐き、机の上からノートを取ってきた。
「『マデリベルと意地悪な姉』なあに?これ??」
「よくあるシンデレラ物語。中は読んでないけど」
「これってさ、絶対『とわばら』のイベントだよね?」
「よく知ってるわね、ジュリア。セドリック様ルートのイベントなのに」
「マリナちゃんは知らないんだ……皆、学院祭の劇イベントはあるんだよ?」
「そ。劇の中身は変わるんだけどね。ちなみに、アレックスルートは……タイトルは忘れたけど、ロミオとジュリエットみたいなのだったなあ。今思うと、あのアレックスがクサい台詞を言うんだよ?ウケる!」
「アレックス君も真面目にやってるんだから、ウケるとか言ったら可哀想だよ」
「今度図書室で本探して、言わせてみようかな。絶対腹がよじれるね。レイモンドの劇は何だった?恋愛ものだよね?」
「好感度が低いと白雪姫みたいなお話で、侯爵令嬢に邪魔されるの。好感度が高いと眠れる森の美女みたいな……」
思い出しながらアリッサが呟くと、ジュリアがバシッと背中を叩いた。
「どっちみちキスシーンか。レイモンド役得だな」
「……変態キス魔」
「キ、キスはないの!キスするふりなんだからね」
「今のレイモンドなら確実にキスするね」
「……舌入れられるかも」
エミリーがにやりと笑う。アリッサは真っ赤になって枕に顔をつけた。
「ちょっと。今は『マデリベル』の話でしょう?」
「そうだった。ゴメン」
「スタンリーは配役を決めているの?例年は脚本家がキャストを選んで、生徒会や実行委員が交渉に当たるみたいだけれど」
「読んでないから……」
「どれどれ」
ジュリアはスタンリーのノートを広げた。
「うわ、きったねー字」
「これを人数分、読みやすく書き写す仕事が待っているわ。明日十人くらいでかかればすぐにできるわよ」
「コピー機が欲しいよね……エミリーちゃん、魔法で何とかならないかな?」
「無理」
「うーん……ま、いっか。読むよ?」
◆◆◆
マデリベル アイリーン・シェリンズ
姉コルディア エミリー・ハーリオン
姉トルヴィア ジュリア・ハーリオン
姉オルスティア アリッサ・ハーリオン
王子 セドリック王太子
マデリベルの父 ハロルド・ハーリオン
マデリベルの継母 マリナ・ハーリオン
魔法使い スタンリー・レネンデフォール
◆◆◆
「……」
「……」
「……」
「……嘘でしょう?」
四人は黙ってしまった。
配役を読み上げただけなのに、完璧に打ちのめされた気がする。
「ハーリオン家揃い踏みってどういうこと?しかも、アイリーンをいじめる姉なんてさ」
「エミリーを好きだから、私達の顔も好みなんでしょう?」
「ちゃっかり自分も入れてるし」
「魔法使いはマデリベルに肩入れしたことがバレて、三人の姉に代わる代わる蹴られるの。……エミリーちゃんが前に言ってた『ドMの脚フェチ』なら、蹴られる役をやりたいんじゃないかな」
「うわ。自分の趣味全開かよ」
ジュリアがドン引きしている。エミリーは眉間に皺を寄せた。
「お兄様が入っているのは予想外だったわ。しかも夫婦役だなんて、論外よ」
義兄との関係はぎくしゃくしたままだ。劇とはいえ親密なふりをするのは難しい。
「お兄様、顔は綺麗だから……スタンリー先輩に目をつけられちゃったのかなあ?」
「アイリーンはスタンリーに売り込みに行っていたのか……最悪だ」
マシューは配役を見てもさほど驚かなかった。エミリーが王子と結ばれる訳ではなかったからだろうか。名前が書かれていたなら先に教えてほしいものだ。
「徹底的にお断りする方針でいきましょう!」
「そうよね。マリナちゃんと私は生徒会、エミリーちゃんは実行委員で忙しいもの」
「げ。三人で裏切る気?」
「ジュリアは暇でしょう?」
「レナードの手伝いをしてるんだよ。暇じゃないってば。……てか、『意地悪な姉』役に私達の誰かが入っちゃったら、殿下のイベントが完成するよ」
「ええ。アイリーンはそれを狙ってるんだわ」
マリナは静かに話し出した。




