146 悪役令嬢とシンデレラ物語
「お待たせしてしまったね。これが僕の最新作!『マデリベルと意地悪な姉』だ」
「までり……?」
首を捻るエミリーに、スタンリーは得意げに解説を始めた。
「マデリベルが主人公の名前。かわいい女の子なんだ。貴族の令嬢なのに、父親の再婚相手の連れ子の意地悪な姉達にこき使われて、舞踏会に行けないんだよ」
「シンデレラか」
どこの世界にも継子いじめの話はある。マデリベルの話が伝承なのかスタンリーのオリジナルなのかは不明だが、分かりやすそうな話で助かったとエミリーは思った。
「何だいそれは」
「あ、こっちの話です。で、出演は何人ですか?」
「マデリベル、姉三人、父と、継母と……」
スタンリーは指を折って数え、途中で分からなくなって手をもぞもぞさせた。
「数えたことがないな。これ、貸すから君が数えてくれないか、美脚の君」
「次にその名前で呼んだら、先輩のこと、『変態脚本家』って呼んでいいですか?」
「酷いなあ……」
眉を下げつつ、スタンリーはかなり嬉しそうだ。
エミリーは奪うようにして原稿を掴んだ。が、スタンリーの手がどさくさに紛れてエミリーの手を握る。興奮して汗ばんでいる。
――うひゃあ、気持ち悪い!
振り払おうと力を込めるも、笑顔のスタンリーは力が強かった。
――あれ?
不意に背後が暗くなる。自分の前に長い影が見えた。こんなに背が高くなった覚えはない。
瞬間にミントの香りが漂ってきて、後ろを振り返る必要がないと気づく。
「……エミリー」
低く、暗い声が響いた。恐る恐る後ろを振り向くと、ドアの枠に手をかけ、覗き込むようにしてエミリーを見つめる黒髪の男が立っていた。
「コーノック先生、うちのクラスにご用ですか?」
スタンリーがエミリーの手を握ったままハイテンションで尋ねると、マシューは黙って首を振る。魔王の眉間の皺が深くなった。
「用があるのは、こいつだけだ」
エミリーの腰に手を絡め、スタンリーが口をあんぐり開けて驚いている中、マシューは転移魔法を発動させて光に包まれてその場から消えた。後に残されたのは手を宙に浮かせたままのスタンリーだけだった。
◆◆◆
「このところ、普通科三年の教室に通っているようだな」
魔法科教官室のマシューの部屋で、エミリーは転移した体勢のまま、マシューに後ろから抱きしめられていた。
「……放して」
「嫌だと言ったら?」
「足を踏む」
「……フッ。では、放してやるから、答えろ」
絡めていた腕を解き、マシューはエミリーを肘掛椅子に座らせた。
「何?」
「理由は?」
「……学院祭よ」
「学院祭……騒がしいだけの行事か」
「……実行委員なの」
「まさか」
人前に出たがらないエミリーが、何かの委員になるなど、マシューには思いもよらなかったらしい。本気で驚き、目をぱちくりさせている。
「劇の脚本をもらってくるように言われたの。さっきの……スタンリーは脚本を書いてて」
「手に持っているのがそうなのか」
エミリーは黙ってマシューに脚本を見せた。スタンリーの悪筆に顔を顰めたマシューだったが、読み慣れると次々とページをめくる。
「……マデリベル、か」
「知ってるの?この話を」
「家の書斎にあった。昔からあるおとぎ話だ。マデリベルは舞踏会に行って王子に会う」
「靴を落としてくるの?」
「靴?」
「私の知ってる別の話では、継母と姉達にいじめられた女の子が舞踏会に行って、帰りに靴を落としてくるの。王子が靴を拾って、靴にぴったり合う娘を探す……」
はあ、とマシューが呆れた。
「非現実的だな。靴が元々彼女には緩かったりきつかったりしたら、ぴったり合う娘ではないだろう。それともその靴に、何か魔法がかかっているのか」
「うーん。魔法でドレスを出してもらったから、靴も魔法がかかってるかな」
「興味深いな」
黒と赤の瞳が愉快そうに細められる。
「マデリベルはどうなの?」
「マデリベルも魔法でドレスに着替えていく。時間が経つと魔法の効果が消える」
「ふうん」
劇で魔法のシーンがあれば、本物らしく演出ができるかもしれない。エミリーは少しだけ楽しくなった。
「お前も劇に出るのか」
「私は裏方」
「そうか。無理に出ろとは言わないが、……期待してしまった」
マシューは頬を染めて視線を逸らした。
「出てほしいの?」
「お前の晴れ舞台も見たいが、主役になったら、王子役の誰かと愛を語るだろう。……複雑だ」
――これって、嫉妬?
「へ、へえ……」
急に鼓動が速くなる。マシューの顔が見られない。
「……腕輪が現れているな。俺が転移魔法を使ったからか」
エミリーの手首にある腕輪は、普段は形が見えないようになっているが、魔法をかけられると出現する。
「アイリーンに見られると困るのか?」
「困る。アリッサが階段から落とされたばかりだし」
「……犯人だという証拠がなく、追及できなかったらしいな。何かされても腕輪が守ってくれるはずだ。安心しろ」
「見えないようにしてくれる?」
じっと見つめると、マシューは余裕たっぷりに微笑む。
「消すにはどうすればいいか、知ってるだろう?」
――憎らしい。
「あなたの魔力を取りこめばいい、でしょ?」
「……正解だ」
椅子に座ったエミリーの顎に手をかけて上向かせ、熱に潤むアメジストの瞳を覗き込むと、マシューはゆっくりと唇を重ねた。




