145 悪役令嬢は『みすこん』を知る
数日後。
学院祭実行委員の全体会議は、リオネル王子の提案で波乱の幕開けとなった。
「はいはーい!」
「リオネル」
セドリックが面倒くさそうに指名する。リオネルがマリナと仲良くしていると知り、すっかり邪険に扱うと決めたようだ。一国の王太子がそれでいいのかとマリナは苦笑する。
「僕、やりたいことがあるんだよね」
「どのようなことでしょう?」
「よくぞ聞いてくれたね、マリナ。皆は知らないかもしれないけど、『ミスコン』って言ってね」
「ミスコン!?」
マリナは声を上げた。アリッサが唖然としている。
――そんなイベントあったかしら?少なくとも『とわばら』にはなかったわ。
「『みすこん』が何だか知っているのかい、マリナ」
「ええ。何と説明したらよろしいのかしら……生徒の投票と審査員による当日の審査で、一番素晴らしい女子生徒を選ぶ催しですわ」
「そう。男子も同じね。僕、やってみたらいいと思うなあ。優勝者は後夜祭のファーストダンスを踊るっておまけつきで」
「王族が在校生にいる場合、ファーストダンスは王族と決まっている。去年はセドリックが踊った。今年もそうなるだろう」
レイモンドが中指で眼鏡を上げながら淡々と言う。
「そうなんですの?」
「うん。だから、僕とマリナが踊るんだよ」
「昨年はどうなさいましたの?パートナーは……」
「パートナーをお願いできる令嬢はたくさんいたんだけど……その、揉めてしまってね」
リオネルはセドリックとマリナの会話をふんふんと聞き、
「男子の優勝は多分セドリック様になるよね。セドリック様と踊りたかったら、ミスコンで優勝するしかない!ってなったら、きっと皆喜んで参加すると思うよ」
と嬉々として提案した。
「そんなの、やらなくても優勝はマリナに決まってるよ」
セドリックが机を叩いて主張するが、リオネルは聞く耳を持たない。
「僕がグランディアに来た記念にってことで、今年だけでもやってみない?」
「今から準備を始めるのか?勘弁してくれ……」
がっくりと項垂れたレイモンドをアリッサが心配そうに見つめた。
◆◆◆
「ジュリアちゃん、大ニュースだよ!」
剣技科一年の教室に戻るなり、レナードはジュリアに駆け寄った。
「会議終わったんだ?」
「うん。リオネル様は残って王太子殿下と話してるから置いてきたよ。……でさ、新しい催しが決まったんだ」
「剣技科は『仮装闘技場』だけで手いっぱいじゃないか。また増えんのかよ」
アレックスが頭を振り、赤い髪を揺らした。ジュリアとアレックスは、リオネルとレナードを助けて実行委員の真似ごとをしている。休み時間にも衣装の採寸に付き合ったところだった。
「準備は俺達の仕事じゃない。出場するのが仕事だ!」
「出場?」
「そ。リオネル様がさ、『みすこん』ってのをやるって言い出して。何でも、審査と投票で男女一名ずつ優勝者を決めて、その二人が後夜祭のファーストダンスを踊るって」
「へー」
思い切り興味がなさそうなアレックスは、ジュリアの机に頬杖をついた。
「ファーストダンスは殿下じゃないの?」
「王太子殿下も出場なさるらしい。人気があるから優勝は決まったようなものだし、殿下と踊りたい女子は『みすこん』に出るだろうね」
「ジュリアも出るのか?」
「私はいいよ。別に、殿下と踊る気ないし、パートナーはもう決まってんじゃん」
真っ直ぐにアレックスを見て微笑む。ぼんやりしていた彼の顔が赤くなった。
「う、うん……そうだよな」
「『みすこん』のやり方はこうだ。最初に全校生徒による投票を行う。上位に入った男女五名ずつが決勝に進む。決勝は学院祭の最終日に講堂で行われる。審査員が評点を入れていき、一課題ごとに一人ずつ落ちていくんだ」
「わー、一人しか落ちないってきっつー」
「待てよ、全校生徒の投票って……」
金色の目が見開かれる。頬杖をやめ、アレックスは身体を起こした。
「気づいた?はは、鋭いなあ。つまり、自分が出たいと思わなくても、選ばれる可能性があるってことだよ。アレックスが優勝しちゃったら、ジュリアちゃんは俺と踊ろうね」
猫目を細めてレナードがジュリアの手を取り、頬ずりしそうな勢いで顔を近づける。
「やめろ!……心配しなくても、俺は決勝なんかに残らないからな。ジュリア以外の誰かと踊る気はないから」
「うーん。アレックスと踊るのはいいけど、ドレスと靴がユーウツだなあ。私が王子様みたいな服着て、アレックスがドレス着てみない?」
目を輝かせたジュリアに手を取られ、アレックスは少しだけ女装してもいいかと思い始めた。
◆◆◆
レイモンドの指示で、エミリーは変態脚フェチ脚本家のスタンリーを訪ねた。
「委員なんかやるんじゃないわね……」
今さら後悔しても遅いが、レイモンドの人選にも文句を言いたい。結局彼には文句を言う暇がなかった。
教室の前で深呼吸をし、ドアに手をかけると向こうから開いた。
「うっ」
「よく来てくれたね、美脚の君」
「その呼び方やめてください」
エミリーは本気で蹴り飛ばしたくなった。だが、ここで蹴ったらまたローブから脚が見えてしまい、彼を喜ばせるだけだ。
「恥ずかしがらなくていいんだよ?君の脚が美しいのは事実なんだから」
「恥ずかしがってなんかいません。迷惑がっているんです」
「はははは。今日は僕に用事があって来たんだね」
「用事があっても来たくないですが、……脚本はできましたか?」
「もちろんだよ!君に会って、僕の妄想が膨ら……ではなく、執筆が捗ってね」
――今、妄想って言ったよな!?
ぞわわわわ。鳥肌が立つのを抑えられそうにない。
「手分けして人数分書き写すので、原稿を貸してください」
「ああ。少し待っててね」
手をひらひらさせて教室の中に戻っていったスタンリーの背中に、エミリーは盛大な溜息をついた。




