143 ハーリオン侯爵の手紙
「いい?読むわよ」
マリナは手紙を開いた。
「……あら?」
封筒の宛名を再確認する。確かに自分宛だ。
「どうしたの?マリナちゃん」
アリッサが横から手紙を覗き込む。
「手紙はお兄様宛みたい。どうしようかしら」
「読んじゃえ読んじゃえ!」
「……開けたモン勝ち」
はあ、と溜息をつき、マリナは観念して手紙を読んだ。
◆◆◆
ハロルド、元気でやっているか。
先日、ジョンに持たせた絵姿はどうだった?気に入った令嬢はいたか。
領地管理人になりたいという君に、無理に婿入りを勧めるつもりはないが、先方は是非にと言ってきている。考えてみても悪くはないだろう。
ユーデピオレの件は、推察の通りだ。
ただ、情報には間違いがある。
例の種を保管しているのは王宮ではなく、私が館長を務める博物館だ。
管理は厳重にしているから安心してくれ。
彼についてはこちらでも調べているところだ。
何か分かったら連絡する。
父より
◆◆◆
「……ユーピ?」
「ユーデピオレよ」
「何それ」
「植物の名前よね……ちょっと待って、図鑑で調べてみる」
アリッサが本棚から植物図鑑を引っ張り出す。
ユーデピオレ
ユーデピオレ科の多年生植物。日照が少ない森林の中に自生し、五年目の夏季に紫色の花が咲く。種子は非常に小粒。粉末状にし服用すると解毒作用がある。葉の煮汁は滋養強壮に良いとされる。
「で?」
ジュリアが首を捻る。
「身体に良さそうな植物だねえ」
「葉の煮汁って、青汁系?うわー」
「……不味そう」
口々に感想を言う三人の隣で、マリナが目を瞑り、うーんと唸った。
「どこかで聞いたことがあるのよね。本で読んだのかしら……他にもユーデピオレに関係する何かがあった気がするんだけど」
「後で思い出すんじゃない?マリナちゃんって、朝の忙しい時に限ってどうでもいいこと思い出すよね」
「前の晩見たドラマの俳優の名前が分からなくて、誰だっけーってなって、翌朝出かける時に思い出して騒ぐの」
「あー、あったあった」
「……はいはい。今日のところはいいわ。諦める」
「ねえ、マリナちゃんにお兄様宛の手紙が届いたってことは、お兄様にマリナちゃん宛の手紙が行ってるのよね」
「そうなるわね。お父様が入れ間違えたのね」
父への手紙に書いたことは何か、マリナはすべて覚えているわけではないが、返信の内容が義兄を刺激してしまうのではないかと容易に想像できた。
「お父様にお手紙出したんでしょ?何て書いたの?」
「何って……その……」
「はっきりしろ」
「私がセドリック様の妃になる道を選んだから、お兄様にもどこかの貴族に婿養子に行って幸せになって欲しいって」
三人の顔が歪んだ。
「うわー。最悪だな」
「その返事をお兄様が読んでいるのね」
「ヤンデレ兄がますます病むな……」
マリナは俯いた。自分の手紙の返事に、父は何を書くだろうか。『お前の提案通りにハロルドに令嬢を紹介したぞ』とでも書いていたら、持ちかけられる縁談は父の提案ではなく、義妹マリナの提案だとハロルドに知られてしまう。
「マリナ、自分が幸せになるからって、ハリー兄様に縁談進めるのはどうかと思うよ?マリナが誰かに片想いしててさ、そいつから『俺の友達いい奴だから付き合ってみろよ』なんて言われたら嫌じゃない?」
「嫌……だわね」
「殿下のお妃様になるから、いつかはお兄様に諦めてもらわなきゃないわ。マリナちゃんのしたことも間違いではないと思う」
「……ショック療法?」
「んー。ま、手紙が入れ間違いになってたってのは、あっちも気づいてるだろうし、お父様からユーなんとかの情報が来なくて兄様も困ってると思う。明日持ってってあげなよ」
「私が?」
「マリナちゃんが行けば、お兄様は喜ぶよ?」
「病むけどな」
男子寮の前で会った時、ハロルドは明らかにマリナを避けているようだった。手紙を持って行っても受け取ってもらえない可能性がある。
「リリーにお願いすることにするわ。……私、お兄様に避けられているの」
弱々しく微笑むと、三人は驚いた顔をした。
◆◆◆
男子寮の一室で、ハロルドは自分宛の手紙の封を切ったが、中の手紙がマリナ宛だと知り、彼女に直接渡すべきか悩んでいた。
「どうしたらいいのでしょうね……」
渡しに行けばきっと、彼女を困らせるようなことをしてしまいそうだ。
ゆっくりと目を閉じ、深呼吸してから手紙に目を走らせる。
◆◆◆
親愛なるマリナへ
四人で仲良くしているか。元気そうで何よりだ。
学院祭に向けて忙しくしているのだろう。健康には気をつけるように。
ハロルドの進路については、私も思うところがあった。
お前の話も尤もだと思う。
領地管理人にしておくのは勿体ない。
そこでだ。
アスタシフォンへの貿易船を保有するビルクール海運の事業をハロルドに任せようかと思うのだが、お前はどう考えている?
ビルクール海運はもともとお前に事業を継がせようと考えていた会社だ。将来、王太子妃が貿易会社を持つことはできないだろうから、お前さえよければ正式にハロルドを後継者にしようと思う。ジュリアとアリッサはそれぞれ嫁ぐし、エミリーは会社経営に興味がないだろう。
会社の件は、ハロルドにもそれとなく伝えている。
お前が王太子妃にならず、会社経営をしたいというなら、彼と共同経営するのもいい。
希望を叶えられるよう、こちらも準備をしておく。
学院祭は見に行くつもりだ。
頑張りすぎるなよ。ほどほどにな。




