141 悪役令嬢と枯葉舞う小道
打ち合わせを終えて、マリナとセドリックが王宮を出る頃、学院から連絡が入った。急いで車寄せまで走り、マリナは馬車に飛び乗った。
「こっちだよ、マリナ!」
セドリックが声をかける。
はっとして見ると、自分が乗っているのはハーリオン家の馬車のようだ。学院から乗ってきた王家の紋章が入った馬車ではなかった。馬車のドアが開いていたので飛び乗ってしまった。
「ええっ?マリナお嬢様?」
馬車の傍にいたハーリオン家の従僕が驚いて呼びかけた。
「コーディ?どうしてここに……?」
父か母が王宮に来ているのだろうか。
「急いで!」
セドリックの声がする。馬車まで走って、中にいる彼に手を引いてもらって飛び乗る。
御者の掛け声がし、よく訓練された馬が走り出す。王宮を少し離れたところで、マリナはふと思い出した。
――コーディは、確か、お兄様について学院に来ていたはず……。
父や母について王宮に行く従僕は他にもいる。ハロルドの身の周りの世話をするために、学院の使用人寮に住んでいる彼を呼び出す必要があるだろうか。
――王宮にいたのは、お父様ではなくて、お兄様?
レイモンドから、三年一組の学院祭実行委員はハロルドに決まったが、本人の希望で辞退したと聞いていた。辞退の理由は分からない。王宮側との交渉は、セドリックとマリナの担当になっており、他の委員が王宮に来る必要はないはずだ。
セドリック専用の馬車は、特例で王立学院の奥まで入ることが許されている。使者の話では、階段から落ちたアリッサは男子寮にいるという。寮の入口でマリナは立ち止まった。
「レイが部屋に連れて行ったようだね」
「私達の部屋ではないのですね」
「気を失ったアリッサを休ませるためとはいえ、男子生徒が女子寮に入るのは問題があったんだろう」
手を引かれても、どうしたものか戸惑ってしまう。
「私が男子寮に入る許可が必要ですわ」
「僕が許す。誰かに何か言われたら、僕の判断だと言えばいいよ」
「ありがとうございます。セドリック様」
レイモンドの部屋へ向かう。途中、隣室のハロルドの部屋から出てきた侍女のアビーが、マリナに気づいて礼をした。
コンコン。
「レイ。入ってもいいか?マリナを連れてきたよ」
返事の代わりに中からドアが開けられる。
「やっと来たか」
「これでも急いで来たんだ」
「アリッサの容体は?」
レイモンドは薄く微笑んで頷いた。
「リリーが来て楽な服装に着替えさせた。途中で意識が戻って、今はベッドで紅茶を飲んでいる」
「よかったわ……寝室に入ってもいいかしら」
「ああ。顔を見せて安心させてやってくれ。あ、セドリックはダメだぞ。男はハンナとマーゴに追い出されるからな」
マリナが走って行く。やがて寝室から弾んだ声が聞こえ、レイモンドは笑みを深めた。
「なあ、何で追い出されるんだ?レイはアリッサの婚約者だろ?」
「運ばれてすぐ、ハンナ達が制服を脱がせたんだが、リリーが持ってきた着替えも、男には見られたくないものらしい。丈が短く、透ける素材のネグリジェだとか」
「うわっ……」
想像したセドリックが顔を赤らめる。すかさずレイモンドが冷たい視線を浴びせた。
「想像したのか?ん?」
「し、してないしてない。は、母上がそういうの好きだったなーって思っただけで」
「ならいいが……アリッサを不埒な想像の対象にしないでくれ」
◆◆◆
リリーが持ってきたエミリーの黒ローブの上にさらにコートを着込み、アリッサはリリーと裏口から出て寮へ向かった。レイモンドと共に転移魔法で移動してきて、入館者の記録にないため、正面玄関から出るのを憚ったのである。対して、マリナはセドリックと堂々と正面から入ったため、同じく正面から寮を出た。
裏口から出た二人と合流するはずが、少し早く着いてしまったらしい。寮の前に立っていると、向こうから見覚えのある人影が歩いてきた。向こうもマリナに気づいて歩みを止めた。
「……ハリーお兄様……」
木枯らしが吹いて枯葉が舞い上がり、時が止まった気がした。
ハロルドは青緑色の瞳を丸くし、視線を逸らして足早に歩き出した。何も言わずにマリナの傍を通り過ぎようとする。浮かべている苦悶の表情は、脚の痛みによるものなのか、それとも別の何かなのか。
「あっ……」
呼び止めてどうするつもりなのか、自分でも分からないまま、マリナは声を上げてしまった。ハロルドは一瞬立ち止まったが、すぐに再び歩き出し、建物の中へと消えた。
「遅くなってごめんね、マリナちゃん」
裏口から回る小道を歩いてきたアリッサが、ぼんやり立ち尽くしているマリナを呼んだ。
「参りましょうか、マリナお嬢様」
「え、ええ……」
男子寮を振り返る。レイモンドの部屋の隣がハロルドの部屋だったと思い出し、マリナは魔法灯が灯り始めた窓を見つめた。




